三笠優子(みかさ ゆうこ)さんといえば、
デビュー3作目となる「夫婦舟」が大ヒット。
空前のミリオンセラーとなりました。

そして昭和57年にはレコード大賞で「ロングセラー賞」を受賞し
ヒット演歌歌手の仲間入りを果たしました。

しかしその成功の裏には壮絶な人生が隠されていました。

三笠さんは、15歳の頃に、浪曲師である松平国十郎に師事しますが
体調を崩し、博多のクラブで歌手をしていました。

18歳の時に、バックバンドをしていた男性と結婚。
3人の子供にも恵まれました。

そんな時、三笠さんはレコード会社からスカウトされます。
デビューと引き換えに出された条件は
『独身女性と偽る』事でした。

デビューから3年目で「夫婦舟」は大ヒット。
念願の地元での凱旋コンサートも開くことになります。

しかし、会場の外に来ていた二女が三笠さんに近づくと
三笠さんは「あっちへ行け。」と冷たい言葉をかけてしまったと言います。

そんな中、昭和57年に発売された「夫婦橋」のレコード発売前に、
旦那さんは、交通事故で亡くなってしまいます。
(引用元:oricon)

さらには子供たちから帰れと言われ連絡すら取れない状態になってしまいました。

また家族の問題とは別に「夫婦舟」でミリオン歌手になったものの、
デビューから10年は給料が月20万円。10年目でようやく50万円になりました。

後日、当時の営業のギャラが1本200万円である事を知りました。
月10本以上営業がある
時代。事務所社長は豪邸を建てていました。

そんな時、独立しようと決断したものの、当時の社長は
「隠し子がいることを週刊誌に売る」と言い出してきたそうです。

そんな時、吉本興業の林正之助会長が力になってくれたそうです。
(記事引用元:zakzak)

子供たちと確執のあった三笠さんでしたが、自伝「修羅に咲く花」を出版。
それをきっかけに親戚の計らいで子供たちと会えることになりました。

そして子供たちが三笠さんに辛く当たった事を謝罪されたそうです。

(記事引用元:2012年10月12日放送の爆報!THE フライデー&価格.com

現在は、福岡にいるお子さんやお孫さんたちとも
交流があるようでブログには楽しそうな三笠さんの
写真が掲載されています。(ブログ:優子の花暦

その後、2013年には肝機能障害で緊急入院。仕事復帰した
ものの、うつ病と戦う日々だといいます。

しかし、三笠さんはボイストレーニングも毎日欠かさず
行なっており、5月には約2年ぶりの新曲も発売する予定との事。
(ブログ:優子の花暦

一難去ってまた一難と波乱万丈な人生を送ってきた三笠さんですが、
それを全て乗り越えて来られました。

その三笠さんの強さは、歌にも込められている事でしょう。
そして現在の病も乗り越えられる事を願っております。

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