闇営業・反社会勢力との関係で雨上がり決死隊の宮迫さんの進退問題から一変、
吉本興業の在り方について世間から多くのバッシングが寄せられ、
吉本所属芸人からの批判も相次ぎました。

そんな中、「動きます」と行動を起こしたのがダウンタウンの松本人志さん。
松本人志さんは、7月20日、東野幸治、吉本興業大崎洋会長、岡本昭彦社長と話をしたと言います。

その時の内容がこちら

松本は会社の対応について「真摯(しんし)に話を聞いてくれるし、僕の話を可能なところまでやってくれようとしている。そんな悪い会社じゃない」と話した。

一方で岡本社長に対しては「たまに言葉遣いが横暴と、大崎さんに言ったことがある。彼の中で出ちゃうことがある。でもこの時代あり得ないし、絶対にやめろと言いました」と改善を求めたという。
(引用元:日刊スポーツ

そんな中、世間が注目したのが、
大崎会長が、これ以上、騒動が大きくなるようであれば、進退を考えると言った発言に対して

松本さんが

「それは僕は全力で止めます。大崎さんがいなかったら僕も辞めるので。うちの兄貴なんで。大崎さんがいなくなったら僕は(吉本を)辞めますね」

と話した一件についてです。

そこで今回は、大崎会長と松本人志さんダウンタウンの関係についてみていきましょう。

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吉本会長・大崎とダウンタウン松本人志さんの関係とは?

現在、吉本興業の会長・社長を含めた役員たちは
ダウンタウンの元マネージャーで占めています。

ガキ使いでは、藤原寛さんが有名なので、ダウンタウンの元マネージャーとしては
藤原寛さんのイメージが強いかもしれません。

現在、注目を浴びている吉本社長の岡本昭彦さんもダウンタウンの元マネージャーです。
こちら岡本社長の若い頃の写真です。

そして大崎会長もダウンタウンのマネージャー(的存在)だったとのこと。

そして、若い頃の大崎会長の動画がツイッターに上がっていたので
ご紹介します。

ダウンタウンを支えた大崎会長

大崎洋会長はダウンタウンが養成所時代からのマネージャー的存在。
ちなみに、コンビ名も朝まで一緒に考えたという過去もあるのだとか。

大崎会長は、才能はあるものの注目度の低かったダウンタウンに対して、

「彼ら(ダウンタウン)の場を作ってやらんといかん」と発起人となり、
劇場「南海ホール」での笑いを若年層に絞り、ダウンタウンを中心に集まった若手芸人と共に
「心斎橋筋2丁目劇場 in 南海ホール」(通称「心劇」)を毎週末に開場しました。
(引用元:wikipedia)

大崎会長と松本人志さんのプールでの約束

1980年代、まだ松本が20歳頃、松本も大崎も仕事が無く、ヒマをもてあました2人で映画館や銭湯等によく行っていた。

ある日、大崎が広いスポーツジムの25メートルプールで突然「俺が端から端まで息継ぎせんと泳げたら、これから先お前がどんだけ売れても、俺の言うこと1つだけ聞いてくれ」と言った。

お互いこの業界で成功しそうにないと思っていた松本は「いいですけど」と答え、大崎は本当に潜水してみせた。
(引用元:wikipedia)

ちなみに、この約束は未だ使われていないそうです。

とは言え、ツイッターの画像にもあるように
「大崎洋が吉本をやめると言えば、オレもきっとやめるだろう」
という松っちゃんの言葉。
今も、その気持ちは変わらないでいるほど2人の信頼関係というのは厚いのでしょう。

吉本・大崎会長と松本人志ダウンタウンとの関係まとめ

吉本の大崎会長とダウンタウンは2人が売れない頃からの関係で、
当時、注目されていなかったダウンタウンの才能を信じて
彼らが活躍できる場所を作ったのが大崎会長だとも言えます。

だからこそ、松本さんは「会長がやめるならオレもやめる」

と大崎会長への信頼が厚いのでしょう。

この一件で、ダウンタウンの元マネージャーが吉本興業のお偉いさんだということも
分かり意外でした。


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