アンパンマンの生みの親である、
漫画家・絵本作家のやなせたかしさんが、
13日午前3時8分、心不全のため、東京都文京区の
順天堂大学医学部附属順天堂医院で死去しました。
94歳でした。

やなせさんの遺志により、葬儀は近親者で済ませ、後日「偲ぶ会」を開く予定との事です。

[引用元:Yahooニュース

心からご冥福をお祈りします。

やなせたかしさんのプロフィール

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出典:entame55.net

柳瀬 崇(やなせ・たかし)
生年月日 1919年2月6日
出身 
東京府北豊島郡滝野川町(現:東京都北区)
高知県香美郡在所村(現・香美市)育ち

【やなせさんの歴史】
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出典:http://www.1101.com/
※23歳の時の写真小倉重砲73部隊伍長暗号班教育隊友人との写真

1941年に日中戦争に出征し、暗号班に配属されました。
終戦後は戦友の誘いでクズ拾い会社で働きました。

1946年高知新聞に記者として就職
「月刊高知」の編集部へ配属されました。

妻「小松 暢さん」との出会いと転機

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出典:http://www.1101.com/
1953年 妻の暢さんと一緒にて「主婦の友」に掲載された写真

妻の小松 暢(のぶ)さんとの出会いは、高知新聞で記者をしている時でした。
当時、やなせさんの机の前に小松 暢(のぶ)さんが座っていたそうで、
すぐ好きになってしまったそうです。

小松 暢(のぶ)さんが、代議士の秘書をするとのことで、上京し、
その1年後に彼女を追っかけるようにやなせさんも上京したそうです。

小松  暢(のぶ)さんは、早くからやなせさんの才能を見抜いており、

「田舎にいては才能が埋もれる」と、半ば強引に上京させたのが真相のようです。

上京して、三越宣伝部のグラフィックデザイナーになり、漫画家としての収入が
三越の3倍になり、独立を決意。

結婚してからは、2人で下宿しながら貧乏生活を送りました。
その後、 暢(のぶ)さんは全身全霊でやなせさんをサポート。新居を持ちます。

それでも、
「不安定な収入で家族を守れるのか?」と不安を抱えていたやなせさんを
暢(のぶ)さんは、「またいつでも下宿部屋に戻ったらええやないの」
やなせさんを精神的にも支えました。

いつでもやなせさんの才能を信じ、サポートしていたということです。

そして、1973年に出版した子供向け絵本『あんぱんまん』が転機となり、
1990年(平成2年)に『アンパンマン』で
日本漫画家協会賞大賞(第19回、1990年度)を受賞
しました。

1993年(平成5年)に、暢(のぶ)さんは死去されています。

[引用元:dotYahooブログ

小松 暢(のぶ)さんと出会わなければ、
今のやなせたかしさんはいなかったかもしれません。

やなせさんの生んだ「アンパンマン」は、今後も
愛され続けていくことでしょう。


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