2014年10月からドラマ「信長協奏曲(のぶながコンツェルト)」が
スタートします。

ドラマの中で、信長を演じるのが小栗旬さん。信長の妻・帰蝶(きちょう)
は柴咲コウさんが演じます。

原作は石井あゆみさんによる「信長協奏曲(のぶながコンツェルト)」です。

柴咲コウさん演じる信長の妻・帰蝶(きちょう)ですが、
歴史に詳しくない人であれば、「帰蝶(きちょう)って誰だっけ?」
と思う方も多いでしょう。

帰蝶(きちょう)は、濃姫(のうひめ)の別名で、織田信長の正室です。
織田信長については、信長の家臣が『信長公記』という第一級の資料が
残されています。

ほどんどの信長の史実はこの書物が基にされています。
しかし正室であるにも関わらず、この『信長公記』にさえ、
ほとんど記述がないのが帰蝶(濃姫)です。

出典元:ドラマ濃姫

帰蝶(濃姫)とは?

美濃(現在の岐阜県)の戦国大名で、「美濃のマムシ」という異名を持つ
斎藤道三(さいとう どうさん)の3女として生まれました。

斎藤道三は戦国という時代に成り上がった武将です。
母は、明智 光継(あけち みつつぐ)という戦国武将の娘で小見の方(おみのかた)。

※帰蝶(きちょう)は明智 光秀(あけち みつひで)のいとこという説もあるそうです。

不明確ではありますが、帰蝶(きちょう)が
13~14歳頃に政略結婚がまとまり、信長に嫁ぎました。

その頃、信長は14~15歳頃だと予想されます。

信長 帰蝶

2人の間には子供はいなかったとされますが、信長の子供の生母は無名な者が多く
事実はどうだったかは確認できないそうです。

帰蝶(きちょう)については、本当に謎が多く、
どんな人物であったか?や結婚後の事はほぼ分かっていません。

また、死亡時期についてもいくつか諸説があります。

①信長とともに戦死(48歳没)

②妙心寺史によると、信長の1周忌で信長公夫人主催という記事があり、
信長公夫人が帰蝶(きちょう)であった場合は、
1612年7月26日没(78歳没)となり信長の死後30年生きたということになる。

③道山死後の政略結婚の意味がなくなり、叔父の明智光安の明智城に返されたという
説。その説でいうと22歳没となる。

出典:wikipedia


このように、帰蝶(きちょう)は謎の多い人生を送っています。

しかし、この謎の多さが、現代で織田信長を語る上で
好都合なのかもしれません。

謎だからこそ、映画やドラマで帰蝶(きちょう)がどのような
女性だったのか?を創造することができるからです。

今回の「信長協奏曲(のぶながコンツェルト)」では
どのような帰蝶(きちょう)が見られるのでしょうか?


スポンサードリンク


こちらの記事もおすすめです