1958年の東京で結婚して1年半の新婚夫婦に悲劇が起きました。
建設会社で運転手として働く真面目な夫・三浦が逮捕されました。
実は、夫の本名は三浦ではなく大西克己という全国指名手配犯だったのです。

以下、ノンフィクションで見る戦後犯罪史第1号事件大西克己連続身代わり殺人事件
を参考にさせていただいております。

大西克己は山口県下関市に生まれ大西家の養子となりました。
その後、刑務所を転々とし1953年に前科を隠してある女性と結婚。

1955年6月1日妻が出産のための入院中に養父母を
青酸カリで毒殺。当時、務めていた会社のお金130万円を持って逃走しました。

その後、九州に逃亡し食料品を販売していました。
しかし喧嘩をしてしまい警察で取り調べを受け、送検されてしまいます。
養父母殺害の件を恐れ東京に逃げ、別人になりすます事を計画します。

1956年2月7日岡山県にて三浦さんをだまし移動証明と戸籍謄本を手に入れ殺害。
その後、ある女性と出会い結婚。子供にも恵まれ
建設会社の運転手として真面目に働いていました。

しかしある日、酔っ払い他人の家に侵入してしまい
警察署にて写真・指紋をとられてしまいます。

また、別人になりすます必要があると考え
1958年1月13日
茨城市水戸市の千波湖畔で佐藤さん(当時30歳)を殺害。

三浦さんの時と同様に佐藤さんをだまし移動証明と戸籍謄本を手に入れ殺害しました。

佐藤さんになりすますつもりでの殺害でしたが、顔を硫酸で焼いているという
ところに警察が不信を持ったことと、指紋が大西のものと一致したため、
大西克己は指名手配されました。

当時の新聞▼
既報= 13日午後3時半ごろ

水戸市 千波湖畔で

オイル罐に入った人間の鼻、右手、親指、下腹部の一部などが

発見されたバラバラ事件を捜査中の合同捜査本部では

14日午前9時半から

県警機動隊15名、水戸署員8名が

ボート4隻、鉄舟1隻を狩出して

湖上を捜索する一方

水戸署員 約30名が

同湖畔付近の山林の捜索を行ったところ

午後3時ごろ

オイル罐が到着した対岸の桜川岸の藪のなかから

右手、親指、鼻、下腹部の一部が切取られ

細ヒモで二巻された男の全裸の絞殺死体を発見

身元割出しに全力を挙げている。

サンケイ 大阪版 昭和33年(1958年)1月15日 水曜日 14版 9面
引用元:http://63164201.at.webry.info/201004/article_31.html

 

そして1958年7月15日、大西は逮捕されます。

大西の弁護士は、弁護を拒否。(後に弁護人は告訴され3万円の賠償を命じられます)

1965年3月22日には大西の死刑執行。37歳でした。

正に嘘に嘘を重ねる為に起きた残酷な事件です。
殺された被害者の方々・家族だけではなく大西が残してきた1人目の妻と子供。
そして大西の素性を知らずに結婚し子供をもうけた2人目の妻・子供も大西の
被害者でしょう。

「まさか自分の旦那が…自分の妻が…」と思うのが人の心理でしょう。
しかしこういった事件を知ると他人ごとではないように思えます。

 

余談ですが、佐藤さん殺害事件のを捜査していた刑事に同行した渡部雄吉さんという写真家の撮影した
「張り込み日記」という写真集が素晴らしいと話題になっています。

渡部雄吉写真集 張り込み日記

出典:IMA ONLINE

IMA ONLINEでその他何点かの写真を見る事ができます。

渡部雄吉写真集 張り込み日記

古き良き日本の姿がまるで西洋の映画の1シーンのように撮影された素晴らしい写真です。


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