天才作曲家である筒美京平さんが亡くなりました。
筒美京平さんの有名曲、ヒット曲をご紹介するとともに、筒美京平さんのご家族について調査してみました。




筒美京平の家族|結婚して嫁・子供がいる?

チェンバロを効かせた哀愁メロディーの「ブルー・ライト・ヨコハマ」に対し、ファンキーなホーンを全面的にフィーチャーした黒っぽいフィールの「ビューティフル・ヨコハマ」である。ちなみに歌詞に登場する「ハルオ」は橋本淳の息子の名前、「ゼンタ」は筒美京平の息子の名前だそう。
B面となった「さよならのブルース」もまた橋本=筒美コンビの隠れ名曲として知られている。
(引用元:ニッポン放送

筒美京平さんのご家族についてわかっていることは、弟に音楽プロデューサー渡辺忠孝さんがいること、そして息子さんがいらっしゃることだけがわかっています。

以下は、弟の渡辺忠孝さん。

というのも、1968年12月25日に発売されたいしだあゆみさんの「ブルー・ライト・ヨコハマ」は、作詞を橋本淳さん、作曲を筒美京平さんが手掛けていらっしゃいます。

このブルー・ライト・ヨコハマに出てくる「ゼンタ」というのは、筒美京平さんの息子さんの名前であることがわかっています。
息子さんの名前は、渡辺ぜんたさんというようです。

1968年といえば、筒美京平さんが28歳のときですので、それ以前にご結婚されていた可能性が高いです。
また、この当時、息子さんが何歳かは不明ですが、1968年に生まれていたとしても2020年現在、息子さんの年齢は52歳以上となります。

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筒美京平の経歴

筒美京平(つつみ きょうへい)
本名:渡辺栄吉(わたなべ えいきち)
生年月日:1940年5月28日
出身地:東京府東京市牛込区(現:東京都新宿区)
学歴:青山学院大学経済学部

幼稚園のころからピアノを弾き始め、青山学院初等部、中等部・高等部を経て青山学院大学経済学部を卒業。

大学卒業後、日本グラモフォン(後のユニバーサルミュージック)に入社し、洋楽担当ディレクターとして勤務。
その傍らで、作曲家すぎやま こういちさんに師事し作編曲を学びます。
1966年に、「黄色いレモン」で作曲家としてデビューします。

2003年には、紫綬褒章を受章。

筒美京平の有名曲・ヒット曲

筒美京平さんは日本で最もヒット曲を生み出した作曲家とも言われています。

ヒット曲
アニメ「サザエさん」オープニング
ジュディ・オング「魅せられて」
近藤真彦「スニーカーぶる〜す」「ギンギラギンにさりげなく」「ブルージーンズメモリー」
kinKi Kids「やめないで,PURE」
TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」
尾崎紀世彦「また逢う日まで」
いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」
また逢う日まで「尾崎紀世彦」
岩崎宏美「ロマンス」
内田有紀「TENCAを取ろう! -内田の野望-」
NOKKO「人魚」

昭和を代表するヒット曲の数々を手掛けており、平成になっても人気曲をいくつも生み出しています。
また、近藤真彦、kinKi Kids、TOKIO、少年隊といったようにジャニーズの楽曲も手掛けています。

世間の声

昭和を代表する作曲家、平成でもヒット曲多数

筒美京平さんと言えば、昭和のヒット曲を数々手掛けてきた天才作曲家です。
また、平成になっても、ジャニーズを始め多くのヒット曲を生み出しています。

当時、筒美京平さんのお名前は存じ上げませんでしたが、筒美京平さんが作曲した楽曲は全て当時、話題となった歌ばかりだなと思いました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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