元暴走族の総長で現在は、イケメン落語家として活躍する瀧川鯉斗さんが今、話題です。

とにかく瀧川鯉斗(たきがわ こいと)さんは「超美形」だと業界でも有名ですが、気になるのは総長だった過去です。

瀧川鯉斗(たきがわ こいと)さんは過去に暴走族の総長を務めていましたが、そのグループの名前は名古屋にある「天白スペクター」です。

瀧川さんは、天白スペクター12代目の総長を務めていました。




【画像】瀧川鯉斗はグループ「天白スペクター」の総長を務める

瀧川鯉斗さん、暴走族時代の画像はこちら→(デイリー新潮)

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小さい頃はJリーガーを目指すサッカー少年

瀧川鯉斗さんは小学校3年生のときにサッカーを始め、キーパーとして愛知県のトレセンメンバーに選ばれるほどの腕前でした。

当時はJリーグ選手を目指してサッカーの練習に邁進しており、サッカーは中学3年生まで続けていたのだとか。

中学校からバイクにはまる

しかし、そんなサッカー少年の瀧川さんは中学生の途中からバイクにハマってしまいます。
外見的にはロン毛で金髪、素行も不良で高校のサッカー推薦は受けられませんでした。

その後、ガラが悪いとされる高校に受かったものの既に先輩から目を付けられ、先輩たちに囲まれ漫画さながらの喧嘩に発展。

1日も立たないうちに退学となってしまいました。

天白スペクター12代目総長に上り詰める

その後、工場などで働きお金を貯めてバイクを購入。

暴走に明け暮れており、当時は100対100の喧嘩を経験したことがあり、その際に金属バットで殴られ12針も縫う大怪我をしたこともあります。
名古屋の尾頭橋(おとうばし)というところに12時に集合するのが仲間内の暗黙の了解だったそうです。

なお、なぜ12代目総長に選ばれたかというとインタビューで以下のように答えています。

そうですね、運転テクニックと集会への参加頻度、気合い、フカシ方が上手い……といったところでしょうか。ケンカは自分から吹っかけるようなタイプではありませんでした。名古屋市内のチームは、結構、仲がいいんですよ。三河のチームとは揉めることもありましたが……。

(引用元:デイリー新潮

17歳で暴走族を引退

17歳で暴走族を引退し、役者を目指しながら上京しレストランで働き始めます。

そのレストランでは、年に2回、その後、師匠となる瀧川鯉昇さんが落語会をやっており、師匠の「芝浜」を聴いて衝撃を受け「落語家になりたい!」と落語の道を歩み始めます。

参考文献:ワイドナショー・デイリー新潮LEON

瀧川鯉斗の経歴

瀧川鯉斗(たきがわ こいと)
生年月日:1984年1月25日
出身地:愛知県名古屋市天白区
本名:小口直也(おぐちなおや)

八事東小学校を卒業後、名古屋市立御幸山中学校(参考:けいこの部屋を経て高校に進みますが1日で退学しているため高校の名前は不明です。

瀧川鯉斗(落語芸術協会)
Twitter:瀧川鯉斗 (@koito0125)
Instagram:瀧川鯉斗(@koitotakigawa)

落語会の新生か!

落語といえば、若者には馴染みがあまりないと言えるでしょう。
しかし、イケメンで暴走族の総長を務めたという経歴を持つ瀧川鯉斗さん。

女性ファンが大勢集まるのはもちろんのこと、同じような境遇にあった少年らへの影響も今後、与えていくのではないでしょうか。
衝撃的な過去を経験されているからこそ、落語家として人の心に届く落語を届けられることもあるかと思います。

興味のある方は、1度、瀧川鯉斗さんの落語を聴きに行ってみてはいかがでしょうか?


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