ロザリア・ロンバルド(Rosalia Lombardo)
世界一美しい少女のミイラとして知られています。

ロザリア ロンバルト

出典:en.wikipedia.org

ロザリアは、1918年12月13日にイタリア・パレルモにて
生まれましたが、1920年12月16日に肺炎の為、2歳で亡くなりました。

嘆き悲しんだ父親は、高名な死体防腐処置技術者の
アルフレド・サラフィアに遺体の保存を依頼し
カプチン・フランシスコ修道会のカタコンベ(納骨堂)に安置されました。

ロザリアは、まるで生きている少女が眠っているかの
ように美しく、近年まで、その保存状態は不明とされてきました。

しかし2009年アルフレドが生前残していたノートが発見され、
その保存方法が明らかにされました。

彼が使用した薬品は
「アルコール」「サリチル酸」「グリセリン」「ホルマリン」「塩化亜鉛」
を使用しつくられたものだと解明されています。

ミイラ ロザリア

出典:viaggi.nanopress.it

ロザリアが埋葬されている、カプチン・フランシスコ修道会には
約8000のミイラが安置されており、元々は修道士の為の安置所でした。

しかし、その後は、修道会のカタコンベ(納骨堂)に埋葬される事が富裕層の
間でステータスのシンボルとなります。

遺体は「男性」「女性」「子供」「処女」「司祭」「修道士」「専門家」
に分類されています。

中には、ポーズを設定されて保存されています。
例えば、2人の子供はロッキングチェアで一緒に座っていたり
ある、ミイラは特定の日に家族が手を握る事が可能でした。

イタリア ミイラ ロザリアColonnello Di Giuliano Enea 

出典:flickr.co

地元の著名人らは、遺言で、特定の服を着せて保存される事や
定期的に服を変更して欲しいなどと希望していました。

親族は、個人の遺言を叶えるため、定期的に訪問したといいます。

イタリア ミイラ

出典:wikipedia

カタコンベ(納骨堂)は、個人の親族の寄付を通じて維持されていました。
遺体は、希望通りの場所に配置されましたが、親族からの送金が
滞ると、支払いが再開されるまで遺体は棚の上に置かれたといいます。

カタコンベ(納骨堂)は、正式には1880年に閉鎖されていましたが、
観光客の訪問は続いていました。

しかし最後の遺体の埋葬は1920年代で、
ロザリアも最後の遺体の一つです。

参考文献:wikipedia nationalgeographic

筆者が、ロザリアを知った時は、保存方法が解明されておらず『奇跡』だと驚愕したものです。
観光に行った方からすれば、『あまり居心地は良くない』そうですが、
1つの歴史を学ぶという意味でも、一度は訪れてみたい場所です。


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