旦那さんの大屋晋三さん「ウチのお父ちゃん」と呼ぶ姿などで話題となった
元祖セレブタレント大屋政子さん。

しかし、実際は資産を自分で築き上げてきた実業家でした。
彼女の人生は波乱万丈そのもの。大屋政子さんの人生について今回はご紹介します。

大屋 政子(おおや まさこ)さんについて

大屋政子借金

出典:e.kaigo110.co.jp

大屋 政子(おおや まさこ)
1920年10月27日~ 1999年1月16日(78歳没)
出身:大阪府大阪市阿倍野区北畠
学歴:大阪音楽学校 中退

父親は、弁護士で元衆議院議員でもあった森田 政義(もりた まさよし)さんと
大阪出身の母の間に生まれました。

大屋政子 子供森田 政義

出典:Wikipedia

その為、父親が亡くなる19歳まではお嬢様として
過ごしていらっしゃいました。

大阪音楽学校を本科を中退後、コロムビア・レコードに入社し、歌手としてデビュー。

その後、大屋さんが29歳の時、27歳年上で
元帝人(ていじん)社長の大屋 晋三(おおや しんぞう)さん

55歳と結婚。不倫の末の略奪結婚という形となりました。

大屋晋三大屋 晋三

出典:Wikipedia

大屋 政子さんは、今で言う「セレブタレント」の先駆けで、
旦那さんの選挙活動中に「ウチのパパは」「ウチのお父ちゃん」
と呼ぶ姿はマスコミで話題を呼び、
さらにピンク色のミニスカートと高い声でさらに注目を浴びました。

1983年に販売された「政子ちゃん音頭」
大屋政子 娘

出典:zariganisan.web.fc2.com

娘は2人おり、そのうちの一人である
登史子さんは、大阪府にある「医療法人健友会帝塚山病院」の理事長を務めています。

大屋政子 娘娘の登史子さん

出典:ujita.co.jp

大屋 政子さんの実業家としての才能

元々、お嬢様であり、旦那様も元帝人の社長の妻となれば、「事業なんて簡単だろう」
と思われる方も多いと思います。

しかし、旦那さんの大家さんには前妻や子供、愛人との間の子供など
たくさんいらっしゃって、給料はほぼ仕送りに消えてしまい、逆に
大屋 政子さんが稼がなくてはいけなくなりました。

大屋政子 晩年

出典:Twitter

彼女は、戦後まもなく「別荘ブーム」が来ると予想し、軽井沢の土地を購入。
その資金も、帝人に関係のない銀行に、しかも旦那さんの名前も出さずに
自力で借りていました。

そして、女性もゴルフができるゴルフ場を建設、その後、バレエ教室や
などさまざまな事業を手掛けていきます。

1963年、関西に「人間ドック」を初めて作ったのも大屋さんだそうです。

引用元:20世紀破天荒セレブ―ありえないほど楽しい女の人生カタログaynrand2001japan.com

大屋 政子さんの晩年「パワーの源は借金」

事業をどんどんと展開されていた大屋 政子さんですが、
67歳の時には借金600億円を抱えていたそうです。
しかし、彼女はしっかりと借金を返済しながら、さらなる事業展開を目指します。

大屋さんが亡くなるおおよそ10年前には、人間ドック付きの
老人病院「帝塚山病院」を開設。現在、娘さんが理事を務めています。

大屋政子 娘帝塚山病院

その他にも、「奈良東病院」を持ち、亡くなる4年前の1995年のインタビューでは
「退院しても帰る家がない老人の為、老人ホームを作りたい。」
と語っていました。

そのインタビューで大屋さんはこうも語っていました。

「人に裏切られたり、屈辱を受けたりして、後家になって3回自殺しよかと思た。

けど、死ぬ気でやったら何でもできる、そう思い直してやってきた」そのパワーたるや
「昔は丸4日徹夜できたけど、今は2日でしんどなる。

けど、ゴルフは3ラウンドまわれるよ」というから絶句する。

「孫が、おばあちゃん、やっと普通の人になってきたねって言うんやけど、借金がうちのパワーやね。

引用元:e.kaigo110.co.jp


インタビューから4年後の、1999年78歳で波乱万丈な生涯を終えられました。
最後に娘さんに「こんな弱い母を許してね」と言い残して亡くなられたそうです。

引用元:20世紀破天荒セレブ―ありえないほど楽しい女の人生カタログaynrand2001japan.com

爆報!THE フライデーでは、娘さんが彼女の最後について語られるそうですが
例え、どんな最後であろうとも、大屋 政子さんが力強く前向きに生きてきた事には
変わりありません。

正直、大屋 政子さんの経歴を見る限り「家が良いところだから」とか「旦那さんが社長だから」
実業家になれたのだろうと思っていました。

しかし、実際彼女は、旦那さんの名前も使わず、
しっかりとした「先見の目」を持っており、自分で資産を築いてきました。

「借金がうちのパワーや」と言えるほど、人の何倍ものパワーを持っていた女性でした。
そして、借金まみれの旦那さんをこよなく愛していた可愛らしい女性でもありました。

そんな彼女は、戦後の高度成長期を支えた、女性とも言えるのではないでしょうか。


Sponsord Links


こちらの記事もおすすめです