紀州のドン・ファンとして知られている野崎幸助さんの若い頃からの生い立ちについてまとめてみました。
なお、野崎さんはバツ2ですので、1番目の奥さんそして2番めの奥さんについてもご紹介します。

そのほか、兄弟についても調べてみましたので、ご参考ください。

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野崎幸助のwiki風プロフィール

野崎幸助(のざき こうすけ)
旧姓:樫山
生年月日:1941年
出身地:和歌山県田辺市
学歴:中学校卒

実家は酒屋で7人兄弟

野崎さんは、和歌山県田辺市の小さな酒屋を営む家庭の3男として生まれました。兄弟は7人で男兄弟の中では末っ子だったとのこと。

中学卒業後、名古屋で就職したものの地元に帰り、鉄くず拾いをするようになります。その中で、コン○ームの行商をするようになり、とにかく商品を売りまくったそうです。

貯めたお金で金融業(高利貸し)をはじめ、その後、上京。霞が関の国家公務員相手にし大成功を収め、銀座ホステス・CAなど多くの美女とコトをなしたといいます。その数なんと4,000人。

1番目の妻は銀座のホステス

野崎さんが最初に結婚したのは、銀座でホステスをしていた女性でした。
しかし、結婚生活は続かず離婚されたとのこと。

最初の奥さんと結婚した時期は不明ですが、2番目の奥さんと結婚したのは2002年ですので、それ以前であることは確実です。

足をナイフで刺される事件も

1997年、和歌山県内の高額納税ランキングで野崎さんは2位に。

しかし同年、従業員に襲われ足をナイフで刺されてお金を奪われてしまうことに。
さらに、国税のマルサに入られ、脱税で摘発も。

マルサにやられてからは、貸金と並行して家業の酒販売や梅干し販売なども行っていたのだとか。

2回目の結婚で野崎姓に

2002年に、六本木の元ホステスをしていた2番目の妻と再婚
結婚生活は、10年ほど続いたとのことです。

なお野崎さんの本名は、樫山ですが2番目の妻のすすめで姓名を変更したのだとか。

貸金の屋号を「オンワード」にして、オンワード樫山と記したティッシュをオンワード樫山(大手・服飾メーカー)の本社前で配ったらすぐに客がついたようですが、オンワード樫山から訴えられ敗訴しています。

さらに文春オンラインによると、2番目の妻には異様な執着を見せていたと報道しています。

6年前に別離するが、野崎氏はこの2番目の妻に対し、異様な執着を見せていた。2番目の妻の親友はこう打ち明ける。

「幸助さんは嫌がらせで彼女の家に大量の梅干しを置きに行ったり、『帰ってこい』というビラを配りに行ったこともありました。それで彼女が警察に届け出て、接近禁止命令が出た。

13年から14年にかけ、幸助さんが生誕祭を立て続けに2回開いたのですが、生誕祭といっても誕生日ではなく、女の人を東京から連れてきて『今度結婚するんです』というお披露目会。

彼は(2番目の妻に)ヤキモチを妬かせるためにイベントを催していたのです。参加者は100人くらいで2度目はデヴィ夫人が参加していました」

(引用元:Yahoo(文春オンライン)

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2016年、愛人に6000万円相当の金品を盗まれる

野崎さんの名前が世の中に知れ渡ったのは、2016年2月の盗難事件です。

野崎さんは、50歳年下で当時27歳だった自称モデルの女性に野崎さんの自宅から600万円の現金と、5,400万円相当の宝石類、合計6,000万円を盗まれてしまいます。

実際には、宝石類は返却されたものの現金600万円は返ってこず、それでも野崎さんはインタビューで「恨んでない。どうせ返ってこない」と答えました。

その愛人は、福岡県出身のノルウェー人とのハーフで、上京後、モデル事務所に所属していたこともあったのだとか。

2人が出会ったのは、交際クラブの紹介だったそうです。

参考:gendai.ismedia.jp

その後も痛い目に…

その後、付き合った女性に結婚を申し込むも、元彼に借りていたお金がありそれを精算しないと結婚できないと言われ、2,000万円をその女性に貸したのだとか。しかし、その女性とは音信不通に。

この女性の他にも、数千万単位を貢いで結婚寸前までいった女性が何人かいたとのこと。

参考:books.j-cast.com

その後、55歳年下の須藤早貴と出会う

その後、須藤早貴さんと出会うのですが、その出会い方はいくつか説があります。
ご本人は、空港で出会ったと話し、一方では知人の紹介という話も。

須藤早貴さんについては、以下の記事が参考になります。

須藤早貴wiki風経歴&学歴|家族は医師は嘘?セクシー女優ゆかりで動画に出演【顔画像】

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何人もの女性を抱き、願望を叶えた紀州のドン・ファン

野崎さんは中学を卒業する頃には、「お金持ちになって、たくさんの女性を抱く」と決意したようです。
その後は、訴えられたりマルサに入られたりしたこともありますが、それでも一代で莫大な資産を築くまでには相当な努力があったかと思います。

その努力の成果もあってか、これまでに何人もの女性と関係し、何十も年下の女性を愛人にしたり結婚したりと正に男の夢を叶えた形となりました。

とはいえ、結果的には寿命ではなく他殺されて亡くなってしまいました。

親交のあったデヴィ夫人によると、生に執着されていた方だとおっしゃっていましたので、きっとまだまだ生きていたかったでしょう。

本来なら、愛犬とともに有意義な老後が送れるはずでした。

今、ご本人は自分の人生についてどう思っているのでしょうか。

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