成澤 俊輔 (なりさわ しゅんすけ)さんは、

網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)という、
徐々に視力が失われていく難病を抱えながらも、

経営コンサルタントとして活躍し、現在は、100社以上に
障害者に働く場所をつくっています。

また、「世界一明るい障碍者」として、
障碍者の雇用に関するコンサルティングや、
講演など、精力的に活躍。

2011年には、NPO法人Future Dream Achievement(FDA)の事務局長に就任し、
就労困難者の就労をサポートするためのトレーニングの環境を提供されています。

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成澤俊輔(なりさわ しゅんすけ)さんの経歴とは

成澤俊輔 父

出典:schoo

成澤俊輔 (なりさわ しゅんすけ)さんは、1985年佐賀県に生まれました。
3歳のときに、「網膜色素変性症」だと発覚。

成長とともに、視覚は狭くなり、23歳頃には、ほぼ失明に近い状態に。

しかし、高校生まで、成績は優秀で、
大学は、埼玉県立大学保健医療福祉学部に進学。

大学で福祉を学ぶものの、
ご自身が、就労困難者であることを実感し、
ボランティア活動を通しても、

福祉には答えがない。」と思い、外で活躍しようと20歳頃から、経営コンサルティング会社で
インターシップし、独立、現在に至ります。

2年間引きこもる

成澤俊輔 (なりさわ しゅんすけ)さんは、
大学時代、2年間、引きこもっていました。

しかも、家族や、恋人にも引きこもっていることを隠し続けていたということが
凄いところです。

しかし、国家試験の日に、みんなから
「試験頑張ってね。」のメールが。

しかし、引きこもっていたので、試験資格はありませんでした。

そこで、成澤さんは、引きこもっていた事実を家族らに打ち明けます。

それまで、成澤さんは、難病ということで、マイナスで、
「これ以上失敗したら捨てられる」
と思っていたそうです。

だからこそ、頭がいい、プレゼンができるなど、必死で努力し、
高校でも進学校に進学。

しかし、引きこもりを打ち明けた際に、

父親から
「俊輔もスーパーマンじゃなかったんだな」
と連絡があり、

「こんな僕自身を父は愛してくれて、認めてくれたんだな、こんなことを知っても、それでも……。

それで、また頑張ろうって思ったんですね。」
(引用元:budori)

その後、7年かけて大学を卒業。
現在も、就労困難者を救うために精力的に活動されています。

(参考文献:budori)

まとめ

成澤俊輔(なりさわ しゅんすけ)は、自ら難病を抱えながらも、
福祉を受ける側ではなく、同じように難病を抱える人々の役に立ちたいと
活動をされてきました。

視力がだんだんと失われていく不安の中、
就労困難社のサポートを精力的に実施。

講演会も年間200回をこなしています。

成澤さんのように、難病を抱えていなくても、
小さい頃に何かをきっかけに、

「自分は、愛される資格がない。」
「これ以上、失敗したら捨てられる。」

と不安にかられて、引きこもりや、心の病を抱えてしまう人々もいます。

成澤さんの人生をインタビューや講演会で知ることで、
そういった辛い経験を持つ人々にも、勇気を与えていると感じました。

今後も、成澤さんの活躍を期待しています。


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