映画監督の森崎東さんが7月16日、死去した。92歳でした。
ここでは、森崎東さんの経歴・若い頃の写真、ご家族についてお伝えしていきます。




森崎東監督、92歳で死去

 森崎監督は1956年に松竹入社。69年に国民的な人気シリーズの1作目「男はつらいよ」の脚本を、山田洋次監督とともに執筆したことでも知られている。そして、山田監督の原案となる「喜劇・女は度胸」で監督デビューを果たした。

 代表作は、故夏目雅子さんが主演した「時代屋の女房」、「生きてるうちが花なによ死んだらそれまでよ党宣言」(85)、「ニワトリはハダシだ」(2004)など。遺作となった「ペコロスの母に会いに行く」は、故郷・長崎で撮影を敢行。キネマ旬報ベスト・テンの1位に選ばれた。撮影現場では「まだ撮りたいものがある」と次回作に意欲を燃やしていたが、今作が最後の作品となった。(yahoo)

森崎東さんの死因は脳梗塞、認知症ではない

映画「喜劇 女は男のふるさとヨ」や「時代屋の女房」など庶民の怒りを泥臭く描いた映画監督の森崎東(もりさき・あずま)さんが16日午後、脳梗塞のため神奈川県茅ケ崎市の病院で死去した。92歳だった。【時事通信社

時事通信社が、森崎東さんが「脳梗塞」のため死去したと報道しています。

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認知症だった?

ネットでは、「森崎東 認知症」と出てきますが、森崎東監督が認知症だったわけではありません。

森崎東監督は、映画『ペコロスの母に会いに行く』の監督を務めており、これが最後の作品となっています。

「ペコロスの母に会いに行く」の原作は岡野雄一の漫画で、作者の岡野雄一さんと認知症を患った母の交流を描く作品です。

この映画は「認知症」が1つのテーマのため、「森崎東 認知症」と検索されるようになったのだと思われます。

森崎東の経歴、嫁・子供や若い頃の画像

森崎東 若い頃
https://www.jiji.com/jc/p?id=20200717125851-0035198908

上記は、森崎東さんの若い頃の写真です。

森崎東さんの結婚に関する情報はほとんどありません。
しかし、「喪主は妻、芙美子(ふみこ)さん」と報道されていたため、ご結婚して奥さんはいらっしゃるようです。

なお、お子さんについての情報も見つかりませんでした。
とはいえ、ただ世間には出回っていないだけで、お子さんやお孫さんがいらっしゃる可能性はあります。

お兄さんは特攻隊員

森崎東さんの、次兄の森崎湊さんは当時、当時海軍予備学生出身の特攻隊員でしたが、終戦直後に割腹死されています。
そのお兄さんが残された日記が「遺書」という本になったようです。

森崎東さんの経歴

1927年11月19日、長崎県島原市生まれ。
京都大学法学部を卒業後、1956年、松竹京都撮影所に入社。
1969年、『喜劇 女は度胸』で監督デビューし、『男はつらいよ フーテンの寅』の監督として知られるように。

しかし、1974もしくは75年に同社を解雇されてフリーとなります。

その後、「釣りバカ日誌スペシャル」「美味しんぼ」など数々の作品の監督を務めます。

世間の声

素晴らしい作品を遺した偉大な監督

作品が素晴らしかったのももちろんですが、森崎東監督の作品は人情味があるというか、今の映画などにはない「人間臭さ」が表現されておりとても好きでした。

森崎東監督のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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