今では、金髪の神々しい存在で知られる
美輪 明宏(みわ あきひろ)さん。

しかし、実は、美輪さんは、シャンソン歌手としてデビューしたのを
ご存知でしょうか?

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10代でホームレスに

美輪明宏 若い頃 三島由紀夫

出典:wikipedia

美輪さんは、長崎県長崎市出身の1935年5月15日生まれ。

 

実家は、カフェを経営し、劇場や楽器に囲まれて幼少期を過ごしました。

しかし、当時は、戦時中。

 

長崎県で原爆を経験しています。

 

その後、国立音楽大学付属高校に入学するものの、実家が破産し退学。

ホームレスになり、新宿に住むように。

当時、焼け出された人たちで、ぎっしりだったそうです。

17歳で歌手デビュー

17歳の頃、カフェのボーイをした頃、シャンソン歌手の橘薫さんと出会い、
日本初のシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんパリ)」を紹介されます。

 

そこで、シャンソン歌手デビューを果たします。

美輪さんの人気が全国区となったのは、
フランスの曲を美輪さん自身が訳した曲「メケ・メケ」。

 

「神武以来の美少年」・「シスターボーイ」と評され一世を風靡する存在に。

 

その後、「ヨイトマケの唄」が大ヒットします。

同性愛を告白

今では、同性愛のタレントさんは数多く存在しています。

しかし、当時は、同性愛の許されるような状況ではありませんでした。

 

「メケ・メケ」は大ヒットしたものの、同性愛をカミングアウトしたのち、
「ヨイトマケの唄」が放送禁止となり、人気は落ちていきます。

また、男性が女性の格好をすることでバッシングを受け、
仕事も激減。

 

しかし、

寺山修司さんの舞台「青森県のせむし男」では老婆役を演じ、

三島由紀夫作の「黒蜥蜴」には主演を演じ、俳優としても成功を納めます。

 

三島由紀夫との関係

美輪明宏さんが、三島由紀夫と出会ったのは、

シャンソン喫茶「銀巴里」で歌い始めていた頃でした。

 

当時、三島由紀夫さんは、「気鋭の新人作家」と言われていました。

ちなみに、美輪さんの美少年ぶりを見て、
三島由紀夫さんからは「天上界の美」と称されています。

 

美輪明宏さんと、三島由紀夫さんは違いに尊敬し合う関係で、
親交が深いため、

世間は、美輪明宏さんは、三島由紀夫さんの「愛人」

と、ささやいていたそうです。

しかし、実際のところは、そのような関係はなく、
生前、三島さんに

「キミの唯一の欠点は俺にほれないことだ」

と言われたことを明かしています。

三島由紀夫さんと言えば、恋多き男性。
当時は、越路吹雪さんとも噂となりました。

越路吹雪物語は実在シャンソンの女王|岩谷時子・三島由紀夫・内藤法美

まとめ

今の美輪明宏(みわ あきひろ)さんのイメージは、
スピリチュアルなタレントさんといった感じですよね?

 

しかし、今の美輪さんに至るまでには、
さまざまな波乱万丈な人生がありました。

 

戦争を体験し、ホームレスへ。
歌の世界へ飛び込むものの、「同性愛者」としてバッシングされます。

 

今では、同性愛は1つの愛の形として認められつつありますが、
当時のバッシングは相当なものだったと思います。

 

今の、同性愛のタレントさんや、女装タレントさんが活躍できるのも、
美輪さんの勇気ある行動が大きなきっかけではないでしょうか?

美輪さんも82歳。(2018年現在)

今後も、健康で、まだまだ芸能界での活躍されることを期待しています。


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