NHKドラマ「まんぷく」のモデルとなるのは日清食品創業者であり、インスタントラーメンを生み出した安藤百福(あんどう・ももふく)さんと、妻の安藤仁子(あんどう・まさこ)さんです。

 

今回は、安藤百福さんと安藤仁子さんの波乱万丈な人生をご紹介します。

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安藤百福(あんどう・ももふく)は台湾で生まれる

立花萬平 モデル百福さんと仁子さん

出典:nippon.com

 

安藤百福さんは、日本統治下であった台湾に1910年3月5日に生まれました。両親を幼い頃に亡くし呉服店を営む祖父母に育てられ「商売は面白いなぁ」と思いながら育ったといいます。

 

その後、22歳で日本製のメリヤス(ニットのようなもの)を台湾で販売する繊維会社「東洋莫大小(とうようメリヤス)」を設立しすぐに事業は軌道にのります。翌年には大阪にも進出します。

 

様々な事業を手がけた百福さんでしたが、太平洋戦争の開戦後に軍需工場の経営に携わったことで憲兵の拷問受けることに。この時の留置所生活から深刻な内臓疾患を抱えることになりました。

 

第一夫人と妾について

ちなみに、百福さんは、台湾で呉黄梅さんと結婚し、子供をもうけています。
さらに呉金鶯さんという妾との間にもお子さんがいらっしゃいます。

 

安藤仁子(あんどう・まさこ)について

安藤仁子(あんどう・まさこ)さんとは、戦時中に出会い1948年に大阪に移住して、仁子さんと結婚し日本国籍を取得しました。

妻の仁子さんは、1917年 (大正6年) 8月16日生まれ。

父親は、福島県にある二本松神社(二本松市)の宮司を代々務めている安藤家の出身です。

 

GHQから脱税疑惑をかけられる

百福さんは、疎開先から大阪に戻った後、「衣食住というが、食がなければ衣も住もあったものではない」との思いから食品事業を手がけることを決意。

1948年に中交総社(後の日清食品)を設立しています。

 

彼は、地元の若者を雇い奨学金として現金を子支給していましたが、「源泉徴収して納税すべき」という理由から、GHQに脱税の嫌疑をかけられ巣鴨拘置所に収監されます。これにより不動産は全て没収され、釈放後は、理事長を務めていた信用組合が破綻し全ての財産を失いました。

不眠不休でインスタントラーメンの研究を

なにもかも失った百福さんでしたが、大阪で見たラーメン屋に並ぶ人たちの行列を思い出し、「お湯があれば家庭ですぐ食べられるラーメン」を作ろうと決意。

とはいっても、銀行から借金をしないと決めていたので借家の一部屋で、たいした機材などもなく1日平均4時間という短い睡眠時間で1年研究を重ねました。

彼は、常備できる保存性・手間がかからない・値段が安い・衛生的・飽きの来ない味という5つの目標を掲げ開発に挑みました。

 

何度も失敗を重ねながらも突破口となったのは、妻の仁子さんが台所に揚げていた「天ぷら」でした。

水分をはじき出しながらカラッと上がる様子を見て、麺を油で揚げる「乾燥法」がひらめいたといいます。

こうして、1958年8月25日に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売され、
当時、常識では考えられない食品だった為、「魔法のラーメン」と呼ばれました。

チキンラーメンはテレビの普及とともに大ヒット商品となります。

カップヌードルの誕生

チキンラーメンの大ヒットを経て、世界に広めようと欧米へ視察旅行に出かけた時のこと、チキンラーメンを小さく割って紙コップに入れてお湯を注ぎフォークで食べる姿を見て、カップヌードルのヒントを得てカップヌードルの開発に取り掛かります。

 

1971年9月18日にカップヌードルは完成しましたが、価格は袋麺の約4倍。なお、立ったまま食べるのは・・・・という反対意見もありなかなか店頭に並べてもらえない時期がありました。

 

そんな時、百福は若者の集まる銀座の歩行者天国に着目しカップルードルの試食販売を実施すると、予想をはるかに超える人が押し寄せ、人気を呼びました。

以前、テレビで芸能人の方がおっしゃっていましたが、当時、カップルードルは「おしゃれの象徴」のような存在だったともいいます。

あさま山荘事件がきっかけで大ヒット

1972年2月19日~2月28日に「あさま山荘事件」が起こり、機動隊員が「カップヌードル」を食べている様子が映し出されました。
これにより思いがけず、カップヌードルは全国に知られるようになりカップヌードルは劇的に売れるように。

 

その後、1973年にアメリカ進出し、ブラジル・ドイツなどどんどんと進出を果たし世界のカップヌードルになったのです。

あさま山荘事件についてはこちら↓

あさま山荘事件を解決に導いた白田兄弟とカップヌードルとの関係

宇宙食まで開発

91歳になった百福は、宇宙で食べられるインスタントラーメンを開発します。

2007年1月15日に96歳で亡くなりますが、訃報は世界中を駆け巡りニューヨークタイムズでは「ミスターヌードルに感謝」と題する社説が掲載されます。

その約3年後の、2010年3月17日に妻の仁子さんが亡くなります。

現在、
日清食品ホールディングス株式会社代表取締役社長(CEO)は、百福さんの次男である安藤宏基(あんどう こうき)さんが務めています。

(参考文献:日清食品kahoku.co.jpnippon.com)

まとめ

今では、店頭に当たり前のように並ぶチキンラーメン・カップラーメン。
私たちの生活にとっては欠かせない食品の一つとなりました。

簡単に食べられて、飽きの来ない味、そして長持ちするからこそ長年に渡り愛され続けているのだろうなと思います。


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