マララ・ユスフザイさんといえば、パキスタンのタリバンの支配下にありながら、
「女性の教育への必要性」を訴え、平和を訴える活動をされ、
ノーベル平和賞の有力候補とも言われていました。

マララ・ユスフザイ

出典:runningstartonline.org

そんな、マララさんですが、パキスタン政府が彼女を「勇気ある少女」として
表彰されたことにより、タリバンに命を狙われるようになります。

マララ・ユスフザイさん銃撃事件

マララ・ユスフザイ 襲撃病院にて

出典:mirror

2012年10月9日、マララさんが、学校から自宅へ帰る途中の、スクールバスにて、
複数の男性により銃撃されました。一緒に居た友人も負傷。
マララさんは、頭に銃弾を受け、あご付近で止まり、1週間意識不明が続きました。

彼女は、イギリスに移送されクイーン・エリザベス病院で治療を受けました。
マララさんは、自伝の中で、襲撃された時の様子について、
ある男性が、スクールバスを手を振って止めた後、顔を覆った別の男性が
バスへ乗り込んで来て、「マララはどこだ?」と言い、発砲したと語っています。

The Huffington Postより

マララ・ユスフザイさん自伝▼
 

マララ・ユスフザイ(ユサフザイ)さん名言

襲撃事件後、国連でスピーチした内容から、名言を抜粋します。

「過激派、とりわけタリバンの息子や娘たちのために教育が必要だと思うのです。」
「自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、
彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。」

「私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。」

「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。」

全文は、The Huffington Postよりご覧頂けます。

引用元:The Huffington Post

パキスタンでは、テロが頻発に起こり、タリバン支配下で、人々は、
恐怖に怯えながら暮らしています。

そんな中、自分の信念を貫き、教育の必要性、タリバンへの批判を訴える事は
マララさんにとって「命をかけた」行動だったかと思います。

きっと、彼女は「誰かがこの現状を変えなければならない」と考え、
「誰かがやってくれる」と思うのではなく、「自分がやらなければならない」
決意したのだと思います。

彼女は、若干16歳。「反発すれば殺されるかもしれない」という状況の中で、
何人の人が自分の正しいと思うことを、堂々と言うことができるでしょうか?

彼女自身の生き方そして、彼女の演説から様々な事を考えさせられます。

マララ・ユスフザイ(ユサフザイ)さんプロフィール

マララ・ユスフザイ

出典:mirror

マララ・ユサフザイ(Malala Yousafzai)
生年月日:1997年7月12日(16歳)
出身:パキスタン
2013年に、サハロフ賞(思想の自由のためのサハロフ賞)を受賞
※サハロフ賞とは、人権・思想の自由などを守る積極的な活動をしてきた人や団体に贈られます。

TIMES誌で「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれました。

TIMES

出典:ynaija.com

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