片山さつき若い頃はミス東大だった?離婚と再婚を経て初入閣へ


 

 

第4次安倍改造内閣が発足し、片山さつきさんは初入閣を果たしました。

片山さつきさんは、若い頃大変お綺麗でしたので、「ミス東大」との噂がありますが、
果たして本当でしょうか?

ミス東大に関する真相と、舛添さんとの結婚・離婚、そして現在の夫である片山さんとの
結婚の馴れ初めについてご紹介します。

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片山さつきは若い頃、ミス東大だった?

片山さつき ミス東大出典:twitter

片山さつきさんの父親は元・自民党参院議員の朝長康郎(ともなが やすろう)さん。

朝長家は、明治維新の際に、大村藩を尊王倒幕運動に導く原動力となった三十七士でもあります。

家柄の良い家庭に生まれましたが、当時はお母様に子供がなかなかできなくて、
片山さつきさんは34歳の時に出来た子供だとのことです。

 

さつきさんは、小さいころから「神童」「天才」と呼ばれており、
超エリートコースを進んでいきます。

 

当時、中学受験では女性にとって最も難関だと言われていた東京教育大学附属中学校(筑波大学附属中学校)にも難なく合格。

もちろん、常に成績はトップクラスで高校3年生の「代々木ゼミナールの全国模試」では
高校3年の春、1位をとりました。

そして、東京大学に入学・卒業し、大蔵省に入省します。

(引用元:president)

 

ミス東大に?

片山さつきさんは、東大法学部に入学しましたが、当時は東大にミスコンはありませんでした。

では、なぜミス東大と言われているのかというと、

雑誌のnon-noで、キャンパス特集が初めてできて、その時の特集に「かわいこちゃんNO.1」に選んでもらって
雑誌に掲載されたのだとか。

non-noで、ナンバー1に選ばれたことで、ミス東大と言う噂が広まるようになったんですね。

(引用元:突撃 永田町

27歳の時に舛添氏と結婚し即離婚?

1986年、片山さんは27歳の時に10歳年上の舛添 要一(ますぞえ よういち)さんとお見合い結婚しています。

当時、当時、舛添さんは東京大学助教授でした。

実は、舛添さんは「結婚を記事にして欲しい」と自ら記者に売り込み売名行為をしていたとのこと。

結婚生活は散々なもので、

仕事で遅くなると暴言を吐かれ物を投げつけてきたといいます。

 

片山さんは、3ヶ月で離婚を考えて弁護士に相談しますが、
舛添さんには愛人がおり、しかも妊娠中だったとのこと。

離婚調停に舛添さんは応じず、結局離婚が成立したのは結婚から2年と3ヶ月後のことでした。

(引用元:livedoornews)

もちろん、片山さんサイドからのお話なのでどこまで真実かは分かりませんが、
結局のところ結婚生活はうまくいかなかったようです。

 

イケメンの片山龍太郎さんと再婚

片山さんは、離婚して直後に2歳年上の片山龍太郎さんと結婚しており、現在も結婚生活を続けています。

片山さんは、マルマン創業者片山豊さんの息子さんで、元マルマン社長でもあり、
レナウン社外取締役でもある実業家です。

そもそもの出会いは、離婚してから出会ったのではなく、お二人は顔なじみだったとか。

当時、片山さんはいろいろ落ち込んでいて大変だったことから、

「俺がなんとかしなきゃ」と思って、結婚に至ったそうです。

(引用元:突撃 永田町

片山さつき初入閣

第4次安倍改造内閣では、片山さつきさんは地方創生として初入閣を果たしています。

波乱万丈の人生を送ってきた片山さんですが、夫婦円満な様子ですので、
入閣してもご主人と二人三脚で頑張っていただきたいものですね。


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