ゴジラなどの造形を手掛けた開米栄三さんが白血病のため2020年4月24日90歳で亡くなりました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

ゴジラの特撮モノ好きとしては、開米栄三さんの功績が知りたく、彼の若い頃の画像や、現在、開米栄三さんの後を引き継がれている長男の開米敏雄さんについても調べてみました。

開米栄三の若い頃の顔画像

開米 栄三
https://pbs.twimg.com/media/EXLLvIOU0AEPcHX?format=jpg&name=small

開米栄三さんの顔画像が全くなかったので、若い頃の開米栄三さんの画像を探してみました。
あまり鮮明ではないですが、開米さんが20代中頃から後半のときの画像だと思われます。

開米 栄三
『ゴジラの逆襲(1955)https://pbs.twimg.com/media/Daj7eY0VMAAp_TM?format=jpg&name=large


開米栄三(かいまい えいぞう)さんは、日本特撮映画怪獣造形家として長年活躍されてきました。
昔は今のようなCGなどはないですから、開米さんのような造形家が手作業で、ゴジラの着ぐるみをつくり上げてきたのです。

1962年の「キングコング対ゴジラ」では、キングコングの着ぐるみの体毛を作るため、歌舞伎の小道具からヤクの毛を使用し、1本づつ脱色・染色して全身の植毛を行ったそうです。

ヤクの毛というのは、以下のようなモフモフな毛のようなものです。

考えただけでも気が遠くなるような作業です。

その後、造形会社である「開米プロダクション」をつくり、代表取締役会長を務めていました。
調べたところ、開米プロダクションの外観は普通の家になっているので、ご自宅を開米プロダクションとして登録されているのではないでしょうか。

開米栄三の家族とは?

開米栄三さんのプライベートはほとんど明かされていません。
ただ、息子で長男の開米敏雄さんは、開米プロダクションの社長として活躍されています。

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開米敏雄の経歴とは

開米敏雄さんの経歴もほとんど明かされていませんが、以下のような作品に携わっています。


1994年「ヤマトタケル」
クレジット:造形チーフ 開米敏雄

2006年「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」
クレジット:造型プロデューサー:開米敏雄


2011年公開の「僕と妻の1778の物語」に造型:開米敏雄というクレジットがあります。

このように、しっかりとお父様の後を引継ぎ、造形の道を歩いているようです。

ゴジラは永遠に生き続ける

個人的に、CGがメジャーになる前の造形でつくられたゴジラなどの方が味があって逆に人間味があると感じます。
アメリカの映画になりますが、「猿の惑星」もそのように思います。

怪獣ですが、どこか人間臭さを感じるのは、開米栄三さんのような造形家が魂を込めてつくっていたからではと思います。
しかし、今も、造形の技術は引き継がれているようで安心しています。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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