今井通子の夫・登山家の高橋和之とは?|女性世界初・三代北壁を登攀!


 

女性として世界初「アルプスのマッターホルン、アイガー、グランドジョラス」の三代北壁を登攀(とうはん)した登山家の今井通子(いまい みちこ)さん。

当時は、「女の子が山に登るなんて・・・」という時代に、今井さんたちの快挙に世界のクライマーは驚き絶賛したといいます。

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医者の家系に生まれた今井通子

今井通子 夫今井通子(いまい みちこ)さんは、1942年2月1日東京で生まれました。

今井さんのご両親、親戚ともに医者の家系でしたが、両親は、休みになるとよく山に連れて行ってくれたそうです。

もともとは、絵描きになりたかったそうですが、医者の家系であること、母親が東京女子医大の出身だったこともあり、今井さんも東京女子医大に進学することになります。

大学時代に山岳部に入部

大学では、山岳部に入部。
その頃から、山に行きだしたら止まらず、どんどんと山にのめり込んでいきました。

最初はハイキングする程度でしたが、次第に高度な登山を目指すように。しかし、女性の山岳部では高いレベルの山を登る仲間がおらず、山岳部の数人と独学で冬山に挑みました。大学5年生の時には、山岳部部長に。その後も、様々な日本の山を登り、登山家としての道を進み出しました。

マッターホルン北壁の登頂に成功

1967年7月19日、今井通子(当時25歳)さんと、東京女子医大山岳部の仲間である若山美子(当時26歳)さん2人は、ヨーロッパ・アルプス3大北壁の1つで「魔の山」として恐れられているマッターホルン北壁の登頂に成功。

当時、一緒に登頂に成功した若山美子さんは卓越した登攀(とうはん)技術の持ち主として将来を期待されていた登山家でした。
しかし、1973年8月3日新婚旅行を兼ねたマッターホルン登山で夫と共に滑落死、享年33歳の若さでした。

 

マッターホルン北壁の登頂に成功した2年後、今井さんは、加藤滝男を中心とする男性パーティーの一員としてアルプス・アイガー北壁の登頂に成功。

 

そして1971年に登山仲間で婚約者である高橋和之(たかはし かずゆき)さんとアルプス・グランドジョラス北壁を登頂し、仲間たちはシャンパンと赤飯で結婚を祝い、今井さんは、女性として世界で初めて三代北壁を登攀(とうはん)しました。

(参考文献:30ans.com/東京女子医大山岳部/今井通子の青春)

今井通子の夫・高橋和之とは?

今井通子 夫出典:カモシカスポーツ

今井通子さんの夫・高橋和之(たかはし かずゆき)さんは1943年1月26日に東京で生まれました。

中学を卒業した後に、すぐに就職しましたが、大家さんの娘の一言で登山に目覚めたそうです。

高橋さんが17歳の時、初めて冬山の装備を登山用品店に買いにいったそうです。
しかし、当時は、山の経験が多い少ないで上下をつけるような風潮があり、見下されたような冷たい接客を受けたそうです。

その時に、「初心者にも親切な店を作る」と思ったのがきっかけで、現在の「カモシカスポーツ」を開業されました。
(引用元:カモシカスポーツ

その後、1971年に今井さんと結婚した後は、ローツェ峰にカモシカ同人隊隊長として遠征し、日本人初登頂を果たします。

モシカ同人冬季エベレスト・チョモランマ登山隊ネパール側隊長として遠征し、夫婦そろってネパール側より同峰冬季世界第三登として成功させています。

まとめ

今は「山ガール」という言葉が流行っているように山を愛する女性が増えてきました。
しかし当時は、「女が山なんて・・・」という時代に、今井さんは、世界初「アルプスのマッターホルン、アイガー、グランドジョラス」の三代北壁を登攀(とうはん)。スイスでは彼女の名前は大変有名だそうです。

夫の高橋和之さんは、登山初心者に冷たい風潮を払拭し、長年に渡り登山用品店「カモシカスポーツ」を営業されています。

2人の功績は後の世代に様々な良い影響を与えているかと思います。


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