いきなりステーキ社長・一瀬邦夫の経歴とは?|非常識なアイディアが会社を救う?


 

2013年に銀座に1号店を開店させて以来、

急速に店舗拡大を成功させ、

2016年には115店を展開させるまでに急成長した

「いきなり!ステーキ」。

2017年には、念願のニューヨーク進出も果たしました。

立ち食いと、お肉のオーダーカット、量り売りが特徴の、

「いきなり!ステーキ」が、今、絶大な指示を集めています。

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社長の一瀬邦夫とは?

いきなりステーキ 社長出典:biglife21.com

「いきなり!ステーキ」の仕掛け人は、

社長の一瀬邦夫(いちのせ・くにお)さん。

1942年10月、静岡県静岡に生まれた一瀬さん。

 

病弱だったお母様の代わりに、台所に立つことが多く、

その経験がきっかけで、「コック」を目指すように。

 

当時、有名だった浅草の『キッチンナポリ』に就職。

 

その後、赤坂の「山王ホテル」で9年働き、

 

1970年「キッチンくに」を開店。

 

36歳で、自社ビルを建てるまでに経営は好調でした。

 

その後、「キッチンくに」を法人設立。

店舗展開を図るようになります。

 

1987年に両国に『ステーキくに』2号店をオープン。

 

奥さんが、鉄板に薄切り肉とご飯をのせて

夕食にだしたことをきっかけに、

「これはいける!」

と感じ、「ビーフペッパーライス」を売り出します。
いきなりステーキ 社長ビーフペッパーライス
出典:ペッパーランチ

これがきっかけとなり、

1994年7月3日「ペッパーランチの第ー号店」を出店。

しかしながら、経営不信に陥り、赤字はすすむばかり。

JR東日本フードサービスとフランチャイズ契約

JR東日本フードサービスとフランチャイズ契約を結び、
渋谷に「ペッパーランチ」をオープン。

繁盛店となり、

今のペッパーランチの看板店舗となりました。

 

しかし、安心もつかの間、

次は、「狂牛病」が問題となり、

人々の牛肉離れが進みます。

ペッパーランチも大ダメージを受けますが、

社長は、風評被害で、現場が困っていることを

国にわかってほしい!という思いから

 

「助けて下さい」という言葉のかかれたチラシを

店舗に張り出します。

 

新聞記者が取材に、取り上げられたことをきっかけに、
ペッパーランチは大きく取り上げられます。

 

また、ペッパーフードサービスは、

「安全宣言フェア」キャンペーンを展開し、

見事、売り上げを回復させました。

 

のちに、伊藤忠商事、野家ディー・アンド・シーと資本提携。

どんどんと店舗展開をすすめ、

上場まで果たす大企業となりました。

(参考文献:ペッパーランチ物語

まとめ

低迷が続く外食産業の中で、

どんどんと店舗展開をすすめる、

「ペッパーランチ」

「いきなり!ステーキ」

その背景には、

数々の困難を、誰も思いつかない非常識なアイディアで、

乗り越えてきた一瀬邦夫社長の苦悩や努力がありました。

あなたも、今日は、
いきなり!ステーキで、食事をして帰りませんか?

ペッパーランチ
http://www.pepperlunch.com/

いきなりステーキ
http://ikinaristeak.com/concept/


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