2019年のNBAドラフトにてワシントン・ウィザーズから一巡目9位指名を受け
NBA入りした八村 塁(はちむら るい)選手。

ドラフト1巡目指名は日本人初となり、推定年俸4億円超えという破格の契約を獲得しています。

7月6日にはサマーリーグにてNBAデビューし、トータル3試合に出場。
チームではトップの成績となる1試合平均19.3得点を成し遂げました。

個人的に八村塁選手が出てきたときに、リアル・スラムダンク」のゴリだと思ったのですが、
世間の皆さんも同じことを思っているようです。

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八村塁の生い立ち・家族構成

八村塁(はちむら るい)さんの父親は西アフリカにあるベナン出身のベナン人。
母親は日本人のハーフです。

母親の麻紀子さんは、アメリカに留学しているときにお父様を富山に連れて帰り
両親と同居したのち、塁さんが生まれたのだとか。

八村塁(はちむら るい)さん自身は1998年(平成10年)2月8日生まれの富山県出身。

身長はなんと203cm、体重106kgとまさにNBA選手になるべく生まれてきたような恵まれた体型です。

富山市立奥田中学校・明成高等学校に進学し、その後、アメリカにあるバスケの競合・ゴンザガ大学に進学しました。

ポジションは、パワーフォワード・スモールフォワードです。

八村塁さんの幼少期

塁さんは小学生の頃から3LDKの県営住宅に弟1人・妹2人と住んでいました。
お母さんが、仕事などで試合の応援に来れず、寂しそうにしていたこともあったそうです。

とはいえ、母親の仕事・子育てに対して理解があり、
兄弟たちにもとても優しかったのだとか。
「中学生の友達の前で、妹と手を繋ぐのは恥ずかしいと思うけれど、

あいつは妹の歩幅に合わせて、ニコニコ笑いながら帰っていました」と同級生が語っています。
(引用元:goo)

塁さんはとても家族想いですね。

なお、
八村塁さんは小学生時代から、体が大きくて避難訓練では
机の下に体が入りきらず机が浮いていたといいます。

小学2年生のときに「奥田少年野球クラブ」に入り野球を始めます。
その時は、捕手4番。

球が速すぎて捕手が対応できず、投手はできなかったといいます。

もし、野球の道に進んでいてもプロになったかもしれません。

当時、八村塁さんは「イチロー」に憧れていたのだとか。

また、空手や陸上もしており、100メートル走では県大会で優勝しています。

(引用元:毎日新聞

中学でバスケ度出会う

富山市立奥田中学校に入学してから、同級生にしつこくバスケ部に勧誘されてバスケ部に入部。
最初の練習では、坂本穣治コーチから「NBA選手になるんだ」と言われたといいます。

中学3年生の全国大会では準優勝に貢献し、宮城・明成高では選手権3連覇を果たしました。

ちなみに、富山市ではハーフは少なく、中学入学当初はいじめに会っていたといいます。

バスケ部の同級生の話では、

「中1のころ、塁が3年生の数人に取り囲まれてからかわれていたことがあります。塁はすごく嫌そうな顔をしていました。それからは、その先輩たちが塁に近づきそうになったら、僕らバスケ部のメンバーが塁を囲んで、“盾”になっていましたね」
(引用元:goo)

素敵な仲間に恵まれたのですね。

ちなみに2年先輩にはプロバスケット選手として活躍している馬場雄大選手がいます。

ゴンザガ大学に進学、NBAへ

それまでほとんど英語が話せなかった八村さんは、高校3年の時から英語を猛勉強。
見事、バスケの競合・アメリカのゴンザガ大学に進学。

チームは、アメリカで最も盛り上がると言われるNCAAトーナメントに進出。
NCAAトーナメントに日本人として初めて出場し、チームは準優勝を果たしました。

そして、日本人初となるNBAドラフトにてワシントン・ウィザーズから一巡目9位指名でNBA入りを果たしました。

17歳の頃のインタビューでは
「2020年東京オリンピックで、アメリカに勝ちたい!」

と語っています。

八村塁さんの父・母について

八村塁さんの父親の名前はザカリ・ジャビルさん。
ザカリ・ジャビルの出身地ベナン共和国大使でタレントのゾマホン・ルフィンさんとは
「25年以上前から兄弟のような存在」と語っています。

ちなみに、日本に来たベナン人はザカリさんが3人目、4人目がゾマホンさんとのこと。
ゾマホンさんは小さい頃の塁さんを抱っこしていたのだとか。
(引用元:livedoornews)

父親のザカリさんも、元バスケットボールプレイヤーで
塁さんも「父親の身体能力を受け継いでいる」と以前、インタビューで語っていました。

父親のザカリさんについてみると、
奨学金でカイロ大学に留学するほどのエリートで、
フランス語、日本語などをはじめとする7カ国語が話せるとのこと。
ちなみに、富山では北陸新幹線の工事に従事したといいます。

ちなみに、「冷蔵庫に食べ物があるのに何で働くの?」というほどの
自由人で、当時、英会話講師の仕事をする麻紀子さんの稼ぎで子供4人を養っていたといいます。
(引用元:文春オンライン

母親の麻紀子さんについて

麻紀子さんは語学が堪能で、英語とフランス語の教室を自宅で開いていたそうです。

塁さんは、よその子にからかわれることもよくあり、そのことをお母様は気にかけていたそうです。

仕事で忙しいはずなのに、県営住宅の草むしりや清掃などの共同作業には必ず参加していました。
彼女が近所づきあいもしっかりとこなしていましたから、この住宅で八村家のことを悪く言う人はひとりもいませんでしたよ。
(引用元:gooニュース

と八村さんをよく知る近所の住人が語っています。

お母様の近所づきあいが「完璧」だったからこそ、八村選手は守られていたといいます。
母の愛は強いですね。

弟、妹について

弟・阿蓮は東海大に進み、
妹・安美菜は明星学園高に進学してバスケ部に所属しています。

また、もう1人、妹もいます。

八村塁のスラムダンクとの関係

八村塁さんは、試合中もスラムダンクを何本も決めますが、それは
漫画「スラムダンク」のゴリを彷彿させます。

ちなみに、八村塁さんが生まれる前にスラムダンクの連載は終わっているので、
塁さんは漫画を見たことはありません。しかしアニメは見たことがあるそうです。

八村塁・ゴリに対する世間の声

まさに、えむえむはスラムダンク世代。
このスラムダンクを見て、バスケを始めましたが、

「スラムダンクに出てくるような日本人選手が将来、出てくるわけない。
漫画だけの話。」

そう思っていたので、八村選手を初めて知ったときに、「アニメから出てきた人!」
と興奮したのを覚えています。

スラムダンク筆者との対談

ちなみにスラムダンク井上さんとの対談も実現しています。

まとめ:八村塁の生い立ちとスラムダンク

八村塁さんは、スラムダンクのゴリのようにアニメの中から出てきたような、
日本人バスケットボール選手としては異例の選手です。

日本人バスケットボール選手が、NBAの第一線で活躍する日が来るなど
誰が想像したでしょうか?

2020年、オリンピックでアメリカに勝つと高校時代にインタビューで語っていた八村塁さん。

オリンピック、そして今後のNBAでの活躍が楽しみですね。

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