朝日新聞が謝罪した大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎の若い頃とは?


朝日新聞は、北海道の朝刊に対して、北海道新聞社が以前に出版した、
写真集から引き写したとして、北海道新聞社・ギリヤーク尼ケ崎さんに謝罪しました。

記事の内容 朝日新聞社は31日、今年1月に北海道版朝刊地域面に掲載した連載記事「ひと模様 大道芸人 ギリヤーク尼ケ崎さん」について、北海道新聞社が2016年に出版した写真集から引き写した部分が多数あり、「事実上の盗用」と判断、連載を中止し、記事を取り消したと発表した。

朝日新聞社は北海道新聞社とギリヤークさんに謝罪した。
(引用元:yahoonews)

しかし、気になったのは、朝日新聞が盗用し謝罪した事よりも、

「ギリヤーク尼ケ崎」という名前。

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大道芸人のギリヤーク尼ヶ崎とは?

ギリヤーク尼ヶ崎出典:wikipedia

ギリヤーク尼ヶ崎さんは、幼少期から大道芸などに親しんでおり、映画俳優を目指し、
21歳の時に、上京・オーディションをうけるものの、なまりが強いと不合格。

芸を深めたいと30代になった頃に、大道芸に転向し、1968年38歳の時に、当時の学生運動に紛れて
初めて該当公演を行なった事が、大道芸人としてのデビューとなります。

それから50年ほど、街頭で大道芸人として活躍。現在、88歳となったギリヤーク尼ヶ崎さんは、
パーキンソン病や、脊柱管狭窄症という病を抱えながらも、今も第一線で活躍しています。

ギリヤーク尼ヶ崎さんの大道芸↓

ギリヤーク尼ヶ崎さんの若い頃

ギリヤーク尼ヶ崎 若い頃出典:withnews.jp

ギリヤーク尼ヶ崎さんは、若い頃に映画俳優を目指しただけあり、
なかなかのイケメン男子でした。

函館弁のなまりが強くて、映画俳優のオーディションに落ちたものの、
諦めずに、舞踊研究所に入りましたが、3年ほどで辞めてしまいます。

その後は、食べるために警備員・ビルの清掃の仕事などを行うように。

38歳で大道芸人としての道を本格的に進むわけですが、
今まで、集まった投げ銭は、最高で78万円だったと言います。

78万円の投げ銭を集めたのは1996年10月に新宿で行われた公園で、1人で10万円入れてくれた人もいたといいます。

警察に世話になったのも78回

ギリヤーク尼ヶ崎さんは、「78」という数字に縁があるのか、
警察のお世話になった回数も78回程度だといいます。

神社で踊りの練習をしていたら、ふんどし一丁だということもあり痴漢に間違われて警察に
捕まったのが最初だといいます。

ただし、被害者の女性が「違う」と言ってくれたので大事には至りませんでした。

その後も、ヤクザに因縁をつけられたりしましたが、お客さんが助けてくれたりと、
波乱万丈な人生を送ってこられました。

(参考文献:withnews.jp

「鬼の踊り」で賞賛を受ける

ギリヤーク尼ヶ崎さんは、初めて街頭で公演を行なったのちに、「鬼の踊り」という舞踊をされていますが、
この舞踊が賞賛を受けて、1975年以降は、フランス・アメリカなど海外での公演も実施。

1981年からは、芸術の創造とその発展を計る事を目的とした、
「文化庁芸術祭」にも参加するようになりました。

ギリヤーク尼ヶ崎まとめ

ギリヤーク尼ヶ崎さんは、50年ほど、大道芸人として第一線で活躍されています。
現在は、パーキンソン病や、脊柱管狭窄症を抱えているだけでなく88歳という高齢にも
関わらず、今も踊りつつけています。

その情熱は、一体どこから来るのでしょうか?

大道芸人としての生き様をギリヤーク尼ヶ崎さんには見せてもらっているように思います。
今後とも、ご活躍を期待しています。


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