青山学院大学理工学部を卒業し、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター所長を務める
AIロボットの第一人者である古田貴之(ふるた たかゆき)さん。

数々のメディアにも登場し、日本を代表する博士として有名です。

そして、人型ロボットを製作する際には、2ヶ月で10時間ほどしか睡眠を取らなかったようで、
当時81kgだった体重が45kgまでに激減。

なんと身長、190cmもある古田さんですから、かなりガリガリで、
「病気なのでは?」と声が上がるほど。

そんな集中力を持つ「天才ロボット博士」の人生は順風満帆なようで、なかなかの苦労人です。

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古田貴之、優秀な姉を持つ

古田貴之さんは、1968年に東京で生まれます。
父親は医者であり、祖先は、茶人の古田重然(ふるた しげなり)という過程に育ちます。

古田さん自身も2〜7歳までインドで過ごし、アメリカンスクールのナーサリーと幼稚園へ通います。

その頃、鉄腕アトムの天馬博士を見てロボット博士を志ました。

そんな、「子供たちも優秀で当たり前」といった家庭の中で、古田さんは、そこまで優秀では無かったそうです。

一方で、古田さんにはお姉さんがいますが、お姉さんはとても優秀な方で全ての面で秀でていた方でした。

そんなお姉さんに劣等感を感じて、グレてしまっても仕方ないですが、
古田さんは「諦めなければ挫折はない。」との気持ちで、3歳の時の気持ちを忘れずに、
ずっと努力し続け、夢を勝ち取ったのです。

(参考文献:nagasaki-city

古田貴之、病気に侵される

古田貴之さんは、14歳のサッカーの授業中に突然、昏睡状態に陥り、2週間目が冷めませんでした。
そして、脊髄の難病に侵されている事がわかり、「余命8年」そして、余命が尽きるまで「一生車椅子」で生活することを覚悟してくださいと宣告されました。

実際に、同じ病気で同室だった古田さんを除く6名は、6ヶ月の間に亡くなってしまいました。

しかし、古田さんの病状は奇跡的に回復。

この病気で回復する確率は数千人に1人という割合でした。

そこで、
「いつかやれる。いつかつくれるでは駄目なんだ。人生は一度きり。いつ死ぬかわからない。  やりたいことをやって、死んでいくのが一番。僕はロボットが好きだ。ロボットをとことんやろう。僕がこの世にいた証をロボット技術で残そう!」

と深く決意したそうです。

(引用元:newspostseven)

3歳でロボット博士を志し、優秀な姉に負けることなく、努力を続け
14歳で難病を経験するも奇跡的に回復し、さらに決意を固めます。

古田貴之さんは、ただの天才ではなく努力した上での、天才と言えるでしょう。

古田貴之さんがよく分かる世間の記事

古田貴之まとめ

余談ですが、古田貴之さんは結婚されており2児のパパです。
愛妻家とのこと。

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