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「アーヤと魔女」 の原作者はダイアナ・ウィン・ジョーンズ(Diana Wynne Jones)さんです。
スタジオジブリ作品「ハウルの動く城」の原作者としても有名です。(原作本は魔法使いハウルと火の悪魔)

そこで今回は、アーヤと魔女の原作は未完ではなく下書きだったということ、また原作者のダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの人生・ご家族についてご紹介します。

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アーヤと魔女の原作は未完で遺作?

映画「アーヤと魔女」の原作は、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(Diana Wynne Jones)さんの同名の小説(原題: Earwig and the Witch)です。

この小説は2011年の6月1日に出版され、日本では2012年に出版されています。

ダイアナさんは、2011年3月26日に76歳で死去されており、アーヤと魔女は死の直前に出版されたダイアナさんの生前に刊行された最後の作品となります。

「アーヤと魔女」の結末は、NHKのアニメと同様に「え?これで終わるの?」といったように、突然、あっけなく終わってしまいます。

そのため、「未完成なのでは?」と言われていますが、宮崎吾朗監督のインタビューによると「もともと書きかけの作品で、後から手を入れようと置いていたもの」だったそうです。

未完というよりは、草稿(そうこう)のまま出版されたというほうが正しいようですね。

 

「ダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品は物語がよく練られて詰まっているものが多いのですが、『アーヤと魔女』は隙間が多いなという印象でした」と振り返り、「後で知ったのですが、この作品はもともと書きかけの作品で、後から手を入れようと置いていたものだったらしいんですよ。それを彼女が亡くなる前にそのまま出版したのが『アーヤと魔女』。

なので世に出たのは最近のことですが、書いたのはけっこう昔のことだったそうですね」と話した。
(引用元:マイナビニュース

死の直前に書いていたもう一つの物語

ダイアナは、2009年の初夏に肺がんと診断され、7月に手術を受け成功しました。
しかし、2010年6月、気分が悪くなるだけだということで化学療法を中止すると発表しています。

なお、彼女が闘病中および死の直前まで書いていた物語があります。それが、「The Islands of Chaldea」直訳するとカルデアの島々です。

この物語は、ダイアナさんの妹・アーシュラによって完成され2014年に出版されています。

日本では、「賢女ひきいる魔法の旅は」というタイトルで出版されています。

ダイアナさんの本当の意味での遺作は、「賢女ひきいる魔法の旅は」であるかもしれません。

映画「アーヤと魔女」をご覧になってモヤモヤする方は、「賢女ひきいる魔法の旅は」も魔法を使う物語ですので、1度、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

なお、彼女の死後、2013年「VileVisitors」という作品も出版されています。

今となっては不明ですが、ダイアナさんが続編を考えていたのなら「ハウルの動く城」や「大魔法使いクレストマンシー」のようにシリーズ化されていたことでしょう。

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アーヤと魔女の原作者ダイアナは姉妹のために物語を書くように

ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(Diana Wynne Jones)さんは、1934年8月16日、イギリスに3人姉妹の長女として生まれました。

両親は教師であり、関係が複雑だったこともあり、ダイアナさんがよく兄弟の面倒を見ていたそうです。

彼女は、「失読症」に悩まされていたものの、学校での成績は優秀で本に興味を持ち幼いころから、トーマス・マロリー卿の『魔術師』などの作品を読んでいました。

早くから作家になることを決意しており、13歳のときに姉妹のために物語を書き始めました。

オックスフォード大学のセント・アンズ・カレッジに入学

1953年、ダイアナさんはオックスフォード大学のセント・アンズ・カレッジに入学し、英語を学びます。
大学では、J・R・R・トールキンやC・S・ルイスなどの講義を受けていたそうです。

ジョン・バロウと結婚

1956年、ジョン・バロウと結婚し3人の息子をもうけました。

子どもたちの成長に合わせて本を読むことで、ダイアナは幼少期にほとんど読んだことのない児童文学の世界を知るきっかけとなったそうです。

この時期に、いくつかの作品を出版社などに提出していますが、いずれも却下されています。

初出版は大人向けの「Changeover」

1970年に、「Changeover」という作品を最初に出版しますが、これは大人向けに書かれたものでした。

1973年にウィルキンズの歯と呪いの魔法(原題: Wilkins’ Tooth)を出版。
その後、数十年に渡って数多くの作品を執筆しました。

2004年にはハウルの動く城がアニメ映画化され、大ヒットを収めています。

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2011年3月26日に死去

ダイアナは、闘病生活の末に2011年3月26日に76歳で亡くなりました。
最後は、最愛の夫と3人の息子、そして5人のお孫さんに見送られたとのことです。

参考:britannica.com

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もし、ダイアナさんが生きていれば

宮崎監督によれば、ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの作品は物語がよく練られて詰まっているものが多いとのこと。
実際、「アーヤと魔女」は下書きのような状態で、そのままダイアナさんの死の直前に出版されました。

もし、ダイアナさんがいつもどおり、物語を練られて出版されていればまた違った物語になっていたかもしれません。
しかしながら、ダイアナさんが死去される前だったからこそ「アーヤと魔女」が出版されたという可能性もあるでしょう。

とはいえ、隙間があるからこそのメリットもあるでしょうし、ジブリが手掛ける作品ですので期待したいですね。

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