俳優の大東駿介さんが、極秘に結婚していたことを明かし子どもが3人いることも判明しました。
また、以前、大東駿介さんは水川あさみさんと交際していましたが、当時、既に結婚していたとのことです。

結婚当時から、「別居婚」を選択し、現在は一緒に暮らしているとのことですが、別居婚を選んだのには理由があります。

それは、壮絶な幼少期が関係しており父親も母親も蒸発しているのです。

そこで今回は、大東駿介さんの父親、そして母親について開設していきたいと思います。

大東駿介の父親は俳優だった?


大東駿介さんが小学校3年生の時に父親が蒸発しています。
父親は、もともとタクシー運転手をしていて、生活リズムが合わずにもともと会わない生活が続いており、まともに会えるのは誕生日のときだったとか。
とはいえ、忙しい中でも大東駿介さんの誕生日は大切にしていたのですから、愛されていたのでしょう。

そんなタクシー運転手の父親ですが、「父親も俳優をしていた時期があった」とインタビューで答えています。
残念ながら、父親の名前や作品名は不明ですが、ドラマティックな人生を歩まれていたようです。

大東さんには「親父に捨てられた」というように近い感覚があり、「会うもんか」と意地を張っていました。
27、8の時に父親が見つかったという連絡があり、会うか会わないかを聞かれましたが、会わないという選択をしました。

しかし、30歳になる手前に「会ってもいいかな」という気持ちが生まれ、1年後に会おうと思った時、父親は亡くなっていたのだとか。
そんな時に出会ったのが、湊かなえさん原作の映画『望郷』。

望郷では、大東さんの実際の人生に近いものがあり、父親にはじめて向き合った作品だと語っています。

大東駿介の母親の現在とは?


小学校3年生のときに父親が蒸発し、あるとき母親が井戸端会議をしていて聞こえたのが「離婚した」という言葉。
それ以来、父親とは会っていない生活が続きました。

大東駿介さんの実家は自営業のクリーニング店でしたが、ある日、「ちょっと出かけている」ことを示すシャッターが半開きの状態だったそうです。
しかし、夜になっても母親は帰って来ず、そのまま母親は蒸発してしまったとのこと。当時、大東駿介さんは中学1年生でした。

それから、親戚に引き取られるまでは超極貧生活で、クリーニング店に残っていたお金をかき集め、十円菓子を食べていたのとのこと。
叔母に引き取られるまでは、まさに「野良犬」のような状態であったとか。

大東駿介さんは父親については語っていますが、母親については何も語っていません。
なお、母親の現在についても不明です。

父親は、小さい頃に蒸発しており、小さい頃は理解できなかったものの大人になって「離婚した」という事実を受け止め、ご自身もご結婚されたこともあり、「会おう」という気持ちになったのかもしれません。

しかし、母親に関しては、自分をたった1人にしたのですが、「捨てられた」という気持ちが強く、会う気にならないのかもしれませんね。

以下の記事も参考になります。

大東 駿介(だいとう しゅんすけ)の経歴

生年月日:1986年3月13日
出身地:大阪府堺市
学歴:大阪府立堺工業高等学校卒業

芸能界入りのきっかけは、PIZZA-LA Presents・トップコート杯「Try to Top 2005」でグランプリ・ミコット・エンド・バサラ賞・FINE BOYS賞を受賞したことから。

俳優としては、2005年「野ブタ。をプロデュース」でデビューされています。

以下の記事も参考になります。


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