2019年12月20日、
スターウォーズ完結作となるシリーズ9「スカイウォーカーの夜明け」が公開されます。

スターウォーズでは、レイヤ姫ことキャリー・フィッシャーが有名ですが、
近年の映画でも、歳を重ねたレイヤ姫が出演し話題となりました。

2016年にキャリーは亡くなりましたが、
シリーズ9「スカイウォーカーの夜明け」でも、キャリーは出演すると発表されました。

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キャリー・フィッシャー「スカイウォーカーの夜明け」にも出演

出典:wikipedia

キャリー・フィッシャーは、2016年12月23日にロサンゼルスに向かう飛行機の中で心臓発作を起こし、
一命を取り止めたものの12月27日60歳で亡くなりました。

そのため、2017年公開の「スター・ウォーズ・最後のジェダイ」が彼女の遺作となりました。

しかし、最終作であるエピソード9の「カイウォーカーの夜明け」にも、
キャリー・フィッシャーが出演することがわかりました。

キャリー・フィッシャーは、「フォースの覚醒」の未発表映像を活用した形で出演するようです。

キャリー・フィッシャーの死因とは?

出典:pinterest.com
キャリーは、飛行機内で心臓発作を起こしましたが、
報告書によるとキャリーの体内から様々なドラッグの薬物反応があったそうです。

実際の死因にドラッグは関係しているとは断定できず、
直接の死因は、「無呼吸睡眠」と診断されたそうです。

(引用元:映画.com)

キャリー・フィッシャーとハリソン・フォードの関係

スターウォーズ第一部作から出演している
レイヤ姫ことキャリー・フィッシャーと、ハン・ソロことハリソンフォード。

スターウォーズの映画中では、レイヤ姫はハンソロを煙たがっていたものの、
最終的には、2人は激しく惹かれ合い恋に落ちています。

しかし、それは映画中の出来事だけではなかったようです。

スター・ウォーズ エピソード4(新たなる希望)は、1976年に撮影されました。

当時、キャリー・フィッシャーは19歳。
ハリソン・フォードはキャリーの14歳年上で、メアリー・マーカットと結婚し2人の子供も居ました。

2人は当時、3ヶ月に渡って不倫をしていたことを、当時から40年後になって告白しています。

キャリーはピープル誌のインタビューの中で
「あれはとても激しいものだったわ。平日はハンとレイア。そして週末はキャリーとハリソンといった感じだったわね」
と語っています。(引用元:exciteニュース

しかし、二人の関係は撮影期間中のみの関係だったようです。

その後、1979年にハリソンフォードは離婚していますが、キャリーとの不倫は無関係だったとのこと。

キャリーは1983年にシンガーソングライターのポール・サイモンと結婚しましたが、1984年に離婚しています。

キャリー・フィッシャーの父と母も有名人

キャリー・フィッシャー父

出典:wikipedia
キャリー・フィッシャーの父親は1950年代を代表する世界的な歌手の1人
エディ・フィッシャーです。

母親は、1960年代に人気を博した女優デビー・レイノルズです。

キャリー・フィッシャー母

出典:wikipedia

キャリー・フィッシャーは2016年12月27日に亡くなりましたが、
母親のデビー・レイノルズは翌日の12月28日脳梗塞で84歳で亡くなりました。

キャリーが急死してそのあまりのストレスに耐えられなかったのだろうと、息子がコメントしています。

キャリーと母親は一時期、疎遠になった時期もあったそうですが、
晩年はお互いに支え合う関係だったようです。

キャリー・フィッシャーの生涯

キャリー・フィッシャーは1956年10月21日に、ビバリーヒルズで生まれました。

彼女は小さい頃から、本を読んだり詩を書いたりするのが好きだったそうです。
15歳までビバリーヒルズの高校に通っていました。

彼女が高校生の時に、母親が主演を務めたブロードウェイミュージック「アイリーン」で歌手としてデビューしています。

その後、18歳の時にコメディ映画「シャンプー」に出演し、
1977年には彼女の代表作となるスター・ウォーズのレイア姫を演じることとなります。

彼女は、有名人の娘で他人に命令する所に慣れているところがジョージ・ルーカスの目にとまり
レイヤ姫の役を手に入れたといいます。
なお、最終選考まで残ったのは、キャリーとジョディーフォスターだったそうです。

大きなプレッシャーに耐えきれず

スターウォーズの映画公開当時、まだキャリーは20歳そこそこです。
スターウォーズは大成功を納めましたが、その大きなプレッシャーに耐えきれず、
アルコールやドラッグに手を出していました。

2作目となるエピソード5・帝国の逆襲の撮影時には、ひどいコカイン中毒であった事を明かしています。

その後、キャリーは1987年に自伝時小説 『ポストカード・オブ・ザ・エッジ』で
自身の中毒による問題について書いており、この小説はメリル・ストリープ主演で映画となりました。
キャリーは映画で脚本を手がけ、「英国アカデミー賞脚本賞」にもノミネートされました。

また、1985年には双極性障害と診断されましたが、
その影響もあり、1990年代は、執筆活動を積極的に行い ロマンス小説「Surrender the Pink」や、
「The Best Awful There is」などの自伝時小説を発表。

双極性障害に苦しんだ経験を綴ったWishful Drinking」も発表し、
これは舞台化されキャリーが主演を務めました。
(引用元:cinemacafe.netpeople.com

キャリー・フィッシャーの娘

キャリー・フィッシャー娘

出典:wikipedia

キャリーは最初の夫と1983年に離婚し、
ブライアン・ラードと1991年に結婚し、1992年7月に娘・ビリー・ルルドが生まれています。

ビリー・ルルドはニューヨーク大学にて心理学を学び、2015年に公開されたスターウォーズでは中尉役を演じています。

その後、スターウォーズ最後のジェダイにも出演し、スカイウォーカーの夜明けにも出演予定です。

キャリー・フィッシャー波乱万丈な人生

キャリー・フィッシャーは若くしてスターウォーズという、
何十年も続く人気映画での主要人物「レイヤ姫」の役を勝ち取り、人気女優としての仲間入りを果たしました。

そして、誰もがいい男だと認めるハリソンフォードと、3ヶ月ではありますが深い関係となります。
キャリーは、当時、ハリソンに恋愛感情があったと告白しています。

映画の中での2人は、本当の恋人のように見えましたがプライベートでも、
恋に落ちていたのですね。

大成功を納めたキャリーでしたが、当時20歳前後の女性にはプレッシャーが大きすぎました。
様々な薬物に手を染めて、中毒状態に陥りアルコールにも溺れていました。

映画の撮影中にも、中毒状態であった事をのちに告白しています。

その後、双極性障害とも診断され辛い時期を過ごしています。

ですが、彼女には執筆の才能がありました。
幼い頃から、本好きで詩を詠んでいた事も影響したのかもしれません。

彼女の自書伝は、映画や舞台化されており映画の脚本は「英国アカデミー賞脚本賞」にも
ノミネートされました。

最近、公開されたスターウォーズでは
年齢を重ねたレイヤ姫とハンソロが話題となりました。

そんな中、キャリーは60歳という若さで亡くなりました。
実際の死因との因果関係は不明ですが、彼女の体からは様々な薬物の反応が出たそうです。

若い頃から薬物依存に苦しんだキャリーは、晩年も苦しんでいたのかもしれません。
彼女のご冥福をお祈り申し上げます。

スターウォーズ完結作では、キャリーの未公開画像や、
娘のビリー・ルルドが出演します。これから楽しみですね。


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