日曜ドラマ「仰げば尊し」は、
実在した神奈川県立野庭高校の弱小吹奏楽部をモチーフに描かれた物語です。

寺尾聰(てらお あきら)さん演じる樋熊迎一(ひぐま・こういち)は、実在した人物・中沢忠雄先生をモデルにしています。
原作は、石川高子さんの『ブラバンキッズ・ラプソディー』『ブラバンキッズ・オデッセイ』です。

神奈川県立野庭高校は、2003年に神奈川県立横浜日野高等学校と合併し、廃校。
現在は、神奈川県立横浜南陵高等学校となっています。

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神奈川県立野庭高等学校・吹奏楽部の実話について

仰げば尊し 実話

出典:ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団

神奈川県立野庭高等学校の吹奏楽部は、地区予選すら突破できないほどの弱小吹奏楽部でした。
そんな吹奏楽部に、プロのチューバ奏者・中澤忠雄先生がやってきたのは
1982年のことでした。

神奈川県立野庭高校・中澤忠雄先生について

中澤忠雄先生は、1936年横浜に生まれました。
その後、東京藝術大学音楽学部器楽科に入学し、チューバを専攻
1962年〜1971年まで「読売日本交響楽団」にチューバ奏者として所属していました。

1982年、神奈川県立野庭高等学校の吹奏楽部の指揮者に就任。
1988年には、「尚美ミュージックカレッジ専門学校」講師ともなります。

弱小吹奏楽部が全国大会金賞へ

中澤忠雄先生の指導は、それはそれは厳しくそして情熱的なものだったそうです。
そして中澤先生が指導をはじめて2年。弱小だった吹奏楽部は、全国大会で金賞を受賞。

それから、1983年〜1995年の12年間で、野庭高校は、全国大会に8回出場し、金賞を6回受賞するという、
吹奏楽コンクール全国大会では、常連の強豪校となっていました。

そして、中澤先生が、がんと闘病しながら指導を行った最後の年、
1995年の全国大会では、金賞の中でも1位である「一金」を受賞しました。

そして、1996年、中澤忠雄先生は、その生涯を終えられました。

野庭の灯を消さないで

中澤先生がお亡くなりになられ、野庭高校が廃校した後も、
中澤先生の「音楽は心だ」という思いは、教え子たちに受け継がれていました。

中澤忠雄先生とともに、部員の面倒を見続けた妻の信子さんが2004年にお亡くなりになられ、
信子さんが残した「野庭の灯を消さないで」という言葉をきっかけに、
藤原大さんは、OB・OGで結成した「ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団吹奏楽部野庭吹奏楽団」を設立。
(引用元:タウンニュース)

2004年から、現在も定期的的に演奏会を行っています。
ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団の演奏スケジュールは以下よりご覧ください。

ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団の演奏スケジュール→
ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団のfacebook→

以下は、中澤忠雄先生が指揮を行った野庭高等学校 1982年〜1995年全国大会優勝などのコンクール音源が残されているCDです。

「仰げば尊し」まとめ

ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団の藤原団長によると、中澤先生は、
「お前たちに俺の命はいくらでもくれてやる。だからお前たちは全力でついてこい」と情熱を持ち、
厳しく指導をされてきた先生だったそうです。(引用元:タウンニュース)

情熱を持って音楽に人生をかけ、そして指導に命をかけてきた先生だからこそ、
弱小吹奏楽部だった野庭高等学校の生徒たちは、厳しいながらも先生についていったのではないでしょうか?
そして先生の残した「音楽は心だ」という精神は、現在もOB、OGの人々に受け継がれています。


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