1984年10月11日山中湖で宝石商の太田三起男さん(36歳)が殺害されました。

犯人は元警察官である澤地和夫(45歳)と不動産業者の猪熊武夫(35歳)
朴竜珠(48歳)の3名。

3人は「厚木の資産家を紹介する」と偽り猪熊の別荘に太田さんを誘い出し殺害。
6000万円相当の貴金属を奪い、別荘の床下に死体を埋めました。

その後、朴のみ韓国へ逃亡しました。

しかし澤地と猪熊は、10月25日に金融業者・滝野光代さん(61歳)の
首を絞めて殺害。現金や通帳など約4700万円を奪い、同じく山中湖の別荘の床下に
死体を埋めました。
この2件の殺人事件は「山中湖連続殺人事件」と言われています。

何故、元警察官である澤地和夫は、殺人に手を染めてしまったのか?
興味深いものがあります。

澤地は約22年、警察官として勤務し退職時は警部でした。
警察官としては順調でしたが、警察組織内のしがらみに悩み退職。
1980年4月には周囲の反対を押し切り新宿西口付近に料理店をオープンしました。

開店資金がなかった澤地は開店資金4000万円を借金で用意。
元同僚の警察官らが保証人になってくれたからこそ用意できたお金でした。

澤地和夫 病死

当初は、警察の関係者らが店に来店しにぎわっていたものの
1年後には赤字が累積し借金が増えていきます。

とうとう首が回らなくなり1983年7月に店を閉店。
その際の負債額は1億5000万円まで膨れ上がっていました。

澤地は、義理堅い人間だったようで、保証人になってくれた元同僚らの
事を想うと破産宣告は受け入れられなかったようです。

その後、1983年に探偵会社を開くものの売り上げはほとんどなく
借金は増える一方でした。
お金を融通してくれていた友人らからも
何とかできないか?という電話が多くなり、澤地は
警察の手にかかっても借金を返済したいという気持ちを強めていきます。

義理堅い性格が、マイナスに出てしまったのかもしれません。

そんな時、共犯者の2人と出会い2件の殺人を犯してしまいました。

11月23日澤地の事務所で逮捕されましたが、10数人いた警察の中に
知人も2人いたそうです。

澤地を逮捕する際、2人は何を思ったのでしょうか?

1987年10月30日澤地・猪熊は死刑。朴は無期懲役を言い渡されています。

なお澤地は、「何が私を狂わせたのか?」を見つめるためとして
1987年11月10日に手記本『殺意の時』を発行しています。

澤地は死刑執行されることなく2008年12月16日に病死しています。
胃がんの治療中でしたが多臓器不全のため69歳で死亡しました。
(日テレニュース)

参考サイト▼
澤地和夫『殺意の時』(彩流社)
山中湖連続殺人事件

 

個人的に思うのは、澤地は、とても真面目で義理堅い性格で
『何が何でも、お世話になった人には義理を返したい』という強い思いが
澤地を追い詰めていったのだと思います。

冷静になって考えれば、犯罪を犯してお金を工面しても
警察に捕まってしまえば友人・知人にはお金を返せない事が分かったはずです。

この事件を知って思ったのは、どんな人でも『あるスイッチ』が入ってしまえば
犯罪に手を染めてしまう危険があるという事です。

人はパニックに陥った時、我を忘れてしまいがちですが、
パニックに陥ってしまった時こそ、冷静に慎重に行動しなければ
と思わされた事件でした。


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