1955年4月15日に京都の「五番町」と呼ばれている歓楽街(遊郭)で
若者たちのケンカによる殺傷事件が起こりました。
事件により被害者Bさんはナイフで刺されて亡くなり
後日、目撃証言などから、被害者Bさんとケンカしていた少年4人グループが逮捕されました。

しかし結局のところ、逮捕された4人の少年は無罪だったのです。

この事件は典型的な冤罪事件「京都・五番町殺人事件」として有名で、
差別による「人権侵害」が問題となり、国会でも大騒動となりました。

今回は、今から60年前に起った「京都・五番町殺人事件」についてお話ししたいと思います。

被害者Bさんは2回ケンカしていた

被害者Bさんは、事件当日に、真犯人であるAとケンカしていました。1回目のケンカです。
女性の仲介によって、1回目のケンカは、おさまっています。

しかしその後、逮捕された4人の少年たちと被害者Bさんのグループ(仲間と一緒にいた)とケンカになります。
これが2回目のケンカです。

殴り合いになった後に、被害者Bさんらは逃げるのですが、4人の少年たちはBさんらを追いかけます。

そこで、1回目にケンカした相手Aが現れ、突然、ナイフで被害者Bさんを刺します。

4人の少年は、被害者Bさんが刺されたことを知らずに追いかけました。
後日、被害者Bさんは出血多量で亡くなっています。

2つのケンカが絡み合うことで、警察は早とちりし、4人の少年たちがBさんを刺したと断定しました。
4人は、暴行したことは認めたものの、ナイフで刺したことは認めませんでした。

しかし、刑事は暴行のうえ自白を強要。
4人の少年は自白せざるを得ませんでした。

強要された自白のため、当たり前ですが、凶器のナイフは見つかりませんでした。

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世間の差別の目が冤罪を後押し

逮捕された4人の少年の中には、被差別部落(ひさべつぶらく)のCさん、在日朝鮮人のDさんがいました。

警察の捜査は被差別者に集中し、一般の人々も
「被差別部落のものは、殺人ぐらい平気でやってのける」、「在日朝鮮人は乱暴だ」と警察の捜査を
後押ししたのでした。

(引用元:enpitu(「五番町事件」京都新聞(1956年4月8日)))

冤罪事件は、『警察だけの責任』だと思っていましたが、
わたしたち一般人の誤った価値観が、人の人生を狂わせてしまう可能性があると
思い知らされる事件です。

今では信じられないような差別が、当たり前のように存在していたことは
日本人にとってなんとも悲しい歴史です。

真犯人Aが映画に感動し自首

事件から約1ヶ月後、真犯人のAは、事件当日の凶器と衣類を持って自首してきました。
Aは、八海事件をモデルとした映画「真昼の暗黒」のラストシーンに感動し、自首の決意をしました。

映画「真昼の暗黒」のモデルとなった1951年の八海事件(やかいじけん)は、
強盗殺人事件を行なった犯人が、自分の罪を少しでも軽くするために知り合いの4人を
共犯者に仕立てた冤罪事件です。

映画のラストシーンで主人公が、面会に来た母に「まだ最高裁があるんだ!」と叫んだシーンは
話題となり、1956年の流行語にもなりました。

真昼の暗黒は正木ひろし弁護人が、「この裁判の冤罪性を訴えたい」という思いから
諸書を発表。そして、監督・今井正さんがこの著書をもとに「国民に冤罪性を訴えたい」という意向で映画を製作されました。

映画が公開された際は、八海事件はまだ審理中であり、1956年の段階で裁判所から圧力がかかっていました。
しかし、今井監督は製作を強行し、結果的に映画は大ヒットを納めました。

正木さんや、今井さんは、八海事件の「冤罪性を訴えたい」という熱意から本を書き、映画を製作しましたが、
その熱意が、別の事件を起こした1人の犯人の気持ちを改心させ、4人の無実の少年を救いました。

本や映画はエンターテインメント性だけでなく、人間の心を動かし、人の人生まで
変えてしまう力があるということを実感する話です。

目撃証言をした女性を偽証罪で逮捕

真犯人が現れ無事解決と思われていた事件ですが、問題はもう一つありました。

事件当日、村松泰子さんという女性は事件が起こった近くの公園のトイレで
手を洗っていたのですが、そこに、真犯人Aが村松さんを押しのける形で血のついたナイフなどを
洗っていたのです。

村松さんは、真犯人が自首する前に4人の無罪を証明するため、証人として出廷していました。

しかし、その後、京都地検の検事が、村松さんを呼び出し、真夜中まで
ぶっ通しで村松さんに対して取り調べを行いました。

検事は「君の言っていることは嘘だ」とし、村松さんを「偽証罪」で逮捕します。
その後、真犯人が現れたことで、村松さんの罪は晴れると思われましたが、
村松さんは不起訴ではなく起訴猶予(きそゆうよしょぶん)となりました。

起訴猶予とは・・・
犯罪の疑いが十分にあり、起訴して裁判で有罪に向けて立証することも可能だが、
特別な事情に配慮して検察が起訴しないこと。比較的軽い犯罪。
(引用元:コトバンク

村松さんは、「間違った事は許せない。無実の人を救いたい」という思いから、
自ら真実を証言を行ったのだと思います。

しかし、検察は、その気持ちを無視し強引に逮捕。
その後、村松さんの多少の記憶のズレを指摘し、不起訴ではなく起訴猶予と犯罪者扱いしたのです。

とんでもない出来事です。1人の女性の人生を何だと思っていたのでしょうか?
このような強引さがまかり通っていたかと思うと背筋がぞっとします。

国会で大騒動

この村松さんの「起訴猶予」を受けて、参議院の法務委員会は大激怒。

真実を延べ、4人の無実を証言した女性を「比較的軽い犯罪を犯した犯罪者」
してしまうのですから、法務委員会は、検察を非難し大騒動となりました。

結果的に、問題の検察は辞職しています。

(参考文献:enpitu/maechan.sakura.ne.jp/seigi003.blog40.fc2.com)

まとめ

「京都・五番町殺人事件」は60年前に起った事件ですが、
「江戸時代の取り調べと大差ない」と思いました。

無実の者に、暴力をふるい自白させ、真実を述べた女性を犯人扱い。

自分の価値観や差別で物事を決めつけ、
他人の人生よりも自分の保身に走ってしまう人間の性質は
時を超えても、さほど変わっていないのかもしれません。

しかし、一方で「他人の人生を救いたい」という弁護士や、映画監督が、
無実の少年を救い、世間に「冤罪」を知らしめたのも事実です。

京都・五番町殺人事件では、人間の汚い部分が冤罪を起し、
また人間本来が持つ美しい部分が、結果的に人を救ったという
興味深い事件です。

事件・冤罪が起ったことは、大変残念ではありますが、
歴史上のこういった事件を知り、自分の価値観や見方をあらためて
見直すことが重要なのではないでしょうか?


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